3月24日礼拝「主はロバの子に乗って」

メッセージ「主はロバの子に乗って」マルコ11章1~11節

                        仁井田 義政 牧師

イエス様と弟子達は、ついにオリーブ山のふもとのベタニア村まで来られました。イエス様は、そこからエルサレムに入るにあたって、当然のように二人の弟子に、ロバの子を連れてくるようにと命じられました。これは、ただイエス様がロバの子に乗られたというだけの意味ではありません。イエス様が救い主であられるという証明となる深い意味があるのです。

★イエス様は、ロバの子に乗ることが既に決まっているかのように行動されました。それは旧約のゼカリヤ書9章9~10節の中に「シオンの娘よ・・・あなたの王が・・柔和で、ロバに乗られる・・ロバ子の子ロバに」と預言されているからです。ローマの皇帝は馬を多く用いて戦争をしました。それほどローマは権力を維持するためには馬を絶対的に必要でした。しかしイエス様は世界の王となるための戦争をしないのです。しかしその支配は聖書が預言している通りに全地に及ぶのです。それがキリスト教会になっているのです。

★イエス様は、弟子達に「主がお入り用なのです」と言ってロバを連れて来なさいと言われました。イエス様がご自分を「主が」と言われたのは、おそらくここが唯一だろうと思います。ロバに乗った不思議な「王」の入城なのです。一般大衆は不思議に思ったことでしょう。聖書に預言された王の入城であるのに、イスラエルの重要人物達、祭司長や律法学者達の出迎えがないのです。つまり王を迎える準備が何ひとつされていませんでした。現代的に言うならば、赤じゅうたんがないのです。 

★人々は上着を抜いて道に敷きました。もしイエス様が軍馬にまたがり、軍隊を率いて「私を迎えないものは処刑する」とオフレでも出せば、みんな恐れからイエス様を王として最高の礼儀を尽くして迎えたでしょう。しかしロバの子に乗っての入城です。イエス様は何の力も感じられない姿で入城されたのです。それは現代も同じです。イエス様は人々から無視されても、拒否されても、裏切られても仕返しの出来ない無力な方のように見えるかもしれません。

★ですから私達は信仰によってイエス様を真の王であり、救い主であると見なければならないのです。本当の救い主は「柔和でロバに乗られた」お方であるからです。そのお方こそ、全世界の王であり主なのです。私達はロバの子に乗られたイエス様を、私の主としてお迎えしましょう。

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