(待降節Ⅲメッセージ)「マリヤとアドベントの幸せ」

(待降節Ⅲメッセージ)「マリヤとアドベントの幸せ」ルカ1章45~48節

                         仁井田義政牧師                          

 アドベント第三週に入りました。今朝の聖書箇所に記されているマリヤは「たましいからの幸せと喜び」を感じておりました。何がそうさせたのでしょう。今日は、マリヤが感じた幸せを考えてみましょう。

★マリヤはこの時、十代であつたと考えられています。私達は十代の時にどんなことを考えていたのでしょう。人からの評価が一番気になる時期で、お化粧や着る物に興味が向く時です。異性からモテるかモテないかが自己評価の基準になったり、モテなければ自分には価値がないと思い、モテれば価値があると思ったりします。そのように自分の価値を他人の評価に依存する傾向は、その後も続きます。それが人間関係の悩みにもなるのです。マリヤは天使の声を聞いて、そのような視点から神様に目を向けたのです。

★マリヤは、神様との関係に幸せの根拠を見出しました。マリヤは天使から声をかけられたことに、「主はこの卑しいはしために目を止めて下さった」と言いました。「卑しい」とは、神様の恵みを受ける権利がひとつもない者なのにという意味です。「それなのに神様は目を止めて下さった」と言って、神様に心から感謝する人になりました。

★私たち人間は、周りの人々の言動によって深く傷つきます。友達や家族や同僚の言動で傷つきます。それは、他の人によっての自己評価をしているからです。15~18歳のマリヤは、「これから後のどの時代の人々も、私を幸せ者と思うでしょう」と歌いました。それは、今後だれもこの私の幸せを奪うことは出来ないという意味です。

★アドベントは、世の喧騒から神様の御声に耳を傾ける時です。世の中の人々の評価から、神様の愛による評価に目を向ける時です。他人の評価は変わります。ですから多くの人が傷つき失望するのです。そのような傷ついた生き方では、せいぜい自分の為にできるのは自己憐憫か、その人への仕返しくらいです。そのような生き方のどこに喜びがあるでしょう。

★マリヤの胎にイエス様が宿って下さったように、あなたにもイエス様は来てくださいます。イエス様がこんな私の所に来てくださったと信じると、マリヤのように幸せになるのです。アドベントは、あなたが幸せになる日です。幸せに生きる為に、マリヤのように神様の愛を信じ、イエス様に目を向ける人になりましょう。

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