11月11日礼拝メッセージ「信仰の次元を高くせよ」

(マルコNO45) 「信仰の次元を高くせよ」9章9~13節

                          仁井田義政牧師

 イエス様と弟子達の3人は姿変わりの高い山から下りて来られました。その途中、イエス様は「今見たことをキリストの復活を見るまでは誰にも話してはならない。」と言われました。それでも弟子達はイエス様が十字架につかれる意味も、復活するという意味も理解できていませんでした。

★3人の弟子達は「律法学者は、救い主の現れる前に、預言者のエリヤが現れると言っていますが、預言者エリヤが表れていないのですか」と質問しました。先程山の上でイエス様と話すエリヤを見たには見たが、すぐ消え去ってしまったからです。エリヤがイエス様と一緒に山から下りてきたら別だったでしょうが、山を下りる弟子達と一緒にイエス様しかいなかったのです。

★8章31節で「人の子は・・かならず・・殺され・・なければならない」と言われています。自分は殺されて命を失うが、人々には永遠の命を与えると言い、この地上の王にはならないと言うが、世界人類の永遠の王となると言う。既成概念で凝り固まっていた弟子達には到底理解できず信じられない事でした。本当に父なる神様の言われる通り、イエス様にしっかりと聞く以外に人間には知るすべがありません。それを教えて下さるのが神様からの啓示なのです。そして神様からの啓示はイエス様を通して行われます。ですから神様は「彼の言う事を聞きなさい」と語りかけて下さったのです。

★イエス様は救い主の受難は、聖書に「かいてある 」(12節)とおりに行われるのだと言われました。さらにイエス様はエリヤも旧約の預言のとおりすでに来ましたよと言われました。そのエリヤとは洗礼者のヨハネの事ですと話されました。洗礼者のヨハネは、聖書に書かれているエリヤとしてすでに来たのに「人々は…好き勝手な事を彼にしたのです」(13節)とイエス様は言われました。「好き勝手な事」とは洗礼者のヨハネ殺害の事です。

★「好き勝手な」生き方は現代人の理想とする生き方です。クリスチャンも気をつけなければ現代の風潮に流される危険があります。「自分の好き勝手」に合わなければ、いとも簡単にイエス様をも裏切ってしまう危険があるのです。私達は自分の「好き勝手な」信仰から脱皮しなければなりません。そして「これは私の愛する子である。彼の言う事を聞きなさい」(9章7節)という御言にしっかりと従うクリスチャンになる事です。自分の「好き勝手」な生き方を、足の下に踏みつけて、さらに次元の高い信仰者となりましょう。

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