11月4日礼拝「イエス様の言うことを聞きなさい」

(マルコNO44)「イエス様の言うことを聞きなさい」9章1~8節

                          仁井田義政牧師

 イエス様の教えは、弟子達にとって理解に困難を極めました。難しいからというのではなく、弟子達にはイエス様が言われた「救い主の十字架の死」などと言う考えは思いもよらないことだったからです。イエス様はその弟子達の無理解を埋める為に、3人を連れて山に登られました。そこで3人の弟子達は、イエス様をどのように信じなければならないかを天の父なる神様から聞き、学んだのです。

★それから6日経ってと記されています。いつから数えて6日だったのでしょうか。それは、弟子達にご自分の受難をはっきりと話されてから6日という意味です。6日経ってもイエス様の受難を弟子達は理解できなかったのです。そのため7日目に礼拝の為に「高い山に登られた」のでした。その高い山とは、ヘルモン山ともタボル山とも言われています。

★山に登ると、イエス様の姿が変わり白く輝きました。「姿が変わった」(2節)は、正しくは「変えられた」との受動形です。変えて見せたのではありません。父なる神様に変えられたのです。そして雲の中から「これは私の愛する子」(7節)という声が聞こえてきました。それは、イエス様が父なる神様にとってどの様な存在かを、父なる神様ご自身が教えられたことを意味しています。その言葉に続いて「彼の言うことを聞きなさい」と聞こえました。つまりキリストの受難は、弟子達がどんなに理解しようとしても、それは考えも及ばないことなので、イエス様に聞く以外に方法がないのです。

★高い山の上でのエリヤとモーセとイエス様の会話の内容は、マルコによる福音書にはありませんが、ルカ9章29~31節に「イエスのエルサレムで遂げようとしておられる最期について一緒に話していたのである」と記されています。十字架に着けられた弱く見えるイエス様が、実は強い神の子イエス様であると理解できなければ、34節にある「自分の十字架を負うて、イエス様の後をついてゆく」ことなど出来ないのです。後に弟子達と教会は、イエス様の弱く見える姿こそ、世界を変える力であることを確信するのです。

★だからこそ、イエス様のように無抵抗の歩みが、初代キリスト教会の重要な特色となったのです。天から「彼の言うことを聞きなさい」との父なる神の御声に従い、私達もイエス様の御声をしっかりと聴いて前進しましょう。

 

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