10月14日礼拝メッセージ「イエス様がはっきり見える」

(マルコNO41)「イエス様がはっきり見える」8章22~26節

                          仁井田義政牧師

 聖書は、イエス様が行なわれた奇跡の記事で溢れています。今日の盲人の癒しを通して「あなたにはイエス様が見えますか」ということが伝えられています。見えていなければ「はっきりと見える人になりましょう」と語りかけられているのです。

★7章には、律法学者とパリサイ人のことが書かれていました。彼らは学者でしたが、イエス様が見えない人たちでした。そして7章24~30節には、「ツロの女性」のイエス様に対する信仰が記されています。ツロの女性には、イエス様が見えたのです。7章31~37節は、耳が聞こえるようになった人の記事です。8章1~21節は、イエス様の行なっていることが分からない弟子達の記事です。そして今日の御言には、イエス様の奇跡によって「見えるようになった盲人」のことが記されています。聖書は、私達にキリストの本当の姿を見ていますかと問いかけているのです。

★生まれたままの人間は、誰であっても霊的な目も耳も不自由で、本当のイエス様を見ることが出来ません。その声も聞こえないのです。今日の聖書の盲人のように、イエス様に手を取って導いて頂くことが大切なのです。パリサイ人や律法学者は、本当のイエス様が見えませんでした。イエス様が手を取って盲人と相対したように、私達も礼拝において御言を聞く時も、イエス様と真剣に相対して、イエス様の御業を受け入れなければなりません。

★今回のイエス様の奇跡は、二回に分けられています。二回目には「はっきりと見えるようになった」と記されています。第一回目に何が見えるようになったのでしょうか。まず目の前にいるイエス様が見えたのでしよう。次の奇跡では「全てのものがはっきり見えるようになった」のです。 

★人間は誰でも、イエス様をはっきり見えるようになるまでは、全てのこともはっきりと見えないのです。私達は、イエス様を見るまで私利私欲に目がくらみ、立身出世に目がくらんで、本当に大切にしなければならないものが見えないことが多いのです。政治家の忖度問題、大会社のデータ偽造、改ざん問題、スポーツ界のパワハラ、セクハラ。どれもこれも立身出世や、私利私欲に目が曇らせられて起こることなのです。イエス様に目を開いて頂かなければならないのです。いつもイエス様をはっきりと見ることの出来る人になりましょう。そうすれば全てが見える人になるのです。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Spam Protection by WP-SpamFree