10月7日礼拝メッセージ「パンがひとつしかない」

(マルコNO40) 「パンがひとつしかない8章14-21節 仁井田義政牧師

 イエス様と弟子達は、ガリラヤ湖上の舟の中にいました。ところが弟子たちがパンを持ってくるのを忘れてしまったのです。イエス様はその機会を用いて、大切なことを話されましたが、弟子達は「パンがひとつしかない」という現実に心が支配され、イエス様の話など心に入って来ませんでした。

★イエス様は「パリサイ人とヘロデのパン種に気を付けなさい」と言われました。パリサイ人とは、イエス様を試そうとして議論を仕掛け天からのしるしを求めた人達のことです(11節)。ヘロデは、ローマからイスラエルの支配権を委ねられた政治的権力者です。パン種は、イースト菌のことで「少量でもパン全体に影響を与える」働きをします。イエス様は、パリサイ人とヘロデの言葉がどんなに小さなことでも悪い影響を与えるので気をつけなさいと話されたのです。

★パンがないことを議論している弟子達には、イエス様の教えなどうわの空でした。なぜパンを忘れたのか。誰がその係だ。お前は自分の分しか持ってこなかったのか。等々の話が飛び交っていたのでしょう。「パンがひとつしかない」という問題で弟子達の心はいっぱいになり、イエス様の真理を聞く余裕がなかったのです。これは私達にも起こりうることです。それは信仰の危機なのです。

★ パリサイ人のパン種は、「偽善に気をつけよ」ということでした。ヘロデのパン種は、「政治的なこと」です。政治が悪ければ食卓を直撃するので、政治活動によって、良い世の中にしようとします。しかしそれを絶対的であるかのように思い込んでしまう危険性が潜んでいるのです。絶対ではないものを絶対的と思い込んでしまう、それが信仰の危機なのです。

★イエス様は「まだ、わからないのですか」と言われました。イエス様の一番そばにいる弟子達がまだ悟っていないのです。彼らは既に二度もパンの奇跡を見ていたのです。ですからパンに不足しても、イエス様が必ず守ってくださることを知るべきでした。今日の聖書は、耳の障害者と目の障害者の癒しに挟まれています。あなたがたは「目がありながら見えないのですか」「耳がありながら聞こえないのですか」(18節)とイエス様は皮肉を込めて嘆かれたのです。「政治も宗教も絶対ではありません。あなたと同じ舟に乗っている私こそ絶対なのです」と言われたのです。そのイエス様が私達と共におられ、守ってくださることを信じましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Spam Protection by WP-SpamFree