9月30日礼拝メッセージ「奇跡とイエス様」

(マルコNO39) 「奇跡とイエス様」8章1-13節

                                                    仁井田義政 牧師

 今日の御言は、七つのパンで四千人以上の人々に食事を与えたというイエス様の奇跡が記されているところです。このようなパンの奇跡は、6章34節からの聖書にもあります。6章の五つのパンの奇跡と比べてみると、全く状況が違うのです。なぜイエス様はパンの奇跡を二度も行なわれたのでしょうか。それは、人々の為にその奇跡が必要だったからです。

★今日の箇所の荒野は、6章34節から出て来る荒野よりも厳しい状況でした。6章は弟子がイエス様に語りかけましたが、今日の箇所では、イエス様が弟子達に語りかけられたと記されています。6章は夕食一食のことでしたが、今回は三日も食べ物がなかったと記されています。6章は雨季の青草の上に座りましたが、今回は乾燥の季節で土の上に座っています。6章は近くに集落がありましたが、今回は全く人間の住んでいる気配のない荒野で、「空腹のまま帰らせたら途中で動けなくなる」という厳しい状況でした。

★イエス様がパンの奇跡を行なわれたのは、自分をひけらかし誇示する為ではありませんでした。三日間もイエス様の話を聞き続け求め続けた人達に「食べる物がなかったので、可哀想に思い」という純粋な心からです。「可哀想に」は、内臓が痛むという意味の強い言葉です。イエス様は、イエス様を信じる者が苦しんでいる時、内臓が痛むほどに心配して下さるのです。その結果、奇跡が起こるのです。

★その噂を聞きつけたと思われるパリサイ人が、イエスを試そうとして議論を仕掛けてきました。「パンの奇跡を聞いたぞ。それは本当なのか。あなたが救い主なら私の前でも奇跡を行なって見せろ」とイエス様を試そうとしたのです。つまり「奇跡を行なって見せたら信じよう」との上から目線なのです。イエス様はその挑戦的な言動に「深く嘆息」されました。

★「奇跡を行なって見せて下さったらあなたを信じましょう」などという願いに、イエス様はお応えになられません。パリサイ人は自分の方からイエス様の所に来たのに「イエスは彼らを離れて、また舟に乗って向こう岸へ行かれた」というのです。イエス様は信じる者には豊かに恵みを注がれます。余ったパンが七つの籠にいっぱいになったと記されています。恵みに満ち溢れたイエス様を信じ、イエス様の豊かな恵みの中に生きましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Spam Protection by WP-SpamFree