7月29日礼拝メッセージ「パンの奇跡とその意味」

(マルコNO32)「パンの奇跡とその意味」6章30~44節

                        仁井田義政 牧師

 弟子達は伝道に成功して帰ってきました。弟子達の心身の疲れは極限に達していました。イエス様はそれを見て、弟子達に「あなたがただけで、寂しい所に行って休みなさい」と言われました。「あなたがただけで」とは、群衆を置いてという意味です。弟子達はそこでパンの奇跡という大切な体験をするのです。どうして大切なのかをお話しいたしましょう。

★今日のパンの奇跡の記事は、四福音書すべてに記されています。また同じようなパンの奇跡を、マルコは8章でも記しています。しかし弟子達は二度のパンの奇跡体験によっても、その意味を知らなかったのです。(8:16-21)この真理を知るのは、イエス様の復活後のことになるのです。

★弟子達は伝道から帰ってきましたが、イエス様の所には多くの群衆がいて、ゆっくり「食事をする暇もなかった」のです。イエス様は弟子達に「寂しい所に行って休みなさい」と提案しました。弟子達は群衆を置いて舟で向かいました。ところが群衆は陸路を走ったのです。そして舟が着く前に港に到着して、イエス様と弟子達を迎える有様でした。イエス様の目には、その群衆は「羊飼いのいない羊のように」見えました。イエス様は彼らを「深く憐れんだ」と記されています。その原語の意味は「内臓が痛む」です。

★聖書に記されている奇跡は、多くが願われて行なった奇蹟です。長血の女性の癒し、ヤイロの娘の蘇り等々もみなそうです。しかし、今日のこの奇跡は、誰も望んでいませんでした。弟子達は「解散し、自分で食べ物を買うように言いましょう。」とさえ言っていました。五千人の群衆の誰一人「イエス様、私達にパンをください」とも言っていません。それなのに、イエス様は「五つのパンと二匹の魚」を弟子達に配るように言われたのです。

★パンはイエス様ご自身であり、イエス様の言葉とも見ることが出来ます。それを配るのは弟子達です。主は最後の晩餐の時にも「これはあなたがたの為に裂かれる私の体です」と言われました。復活した日の夕方、エマオの村に帰った弟子の家でパンを裂いたこと(ルカ24:30)もありました。 

★イエス様は、弟子達にあなたが手にしているパンは五千人に配っても、十二の籠に残る程の豊かなものなのだと言われているのです。聖餐式はその具現化なのです。来週は聖餐式です。今日のパンの奇跡の意味をしっかりと信じて、大切な聖餐の式に与かりましょう。

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