3月25日受難週メッセージ「神の栄誉と人の栄誉」

(受難週メッセージ)「神の栄誉と人の栄誉」ヨハネ12章37~43節

                       仁井田義政 牧師

 受難週に入りました。使徒ヨハネは、受難週について7章もの紙面を使って記しています。三十三年間のイエス様の生涯を記す福音書の中で、実に三分の一を使っているのです。それ程にイエス様の受難に対する理解は、クリスチャンにとって重要なのです。私達の信仰が強いものになるかならないかは、イエス様の受難の理解にかかっていると言っても過言ではありません。今日の受難週の御言で、強い信仰のクリスチャンとなりましょう。

★日曜日にイエス様がエルサレムに入られた時、人々は大喜びで迎えました。死人からラザロを蘇らせたイエスが来られるのを知ったからです。(ヨハネ12:17)パリサイ派の人々は、群衆がイエス様を喜び迎えるのを見て「イエス殺害計画は失敗に終わった」と確信したのです。(12:19)

★イエス様が「私に従え、私は命をかけて支配国ローマを倒し、腐った宗教界の改革を行なう」と言えば、一気に群衆の心を掴むことが出来たのです。 しかしイエス様は「一粒の麦が死ななければ一粒のままです。もし死ねば多くの実を結ぶのです」等と群衆にとっては訳のわからないことを言うのです。ご自分の死の決意を「多くの人の為に死ななければならない」という言葉に、群衆の心は一瞬にしてイエス様から離れました。彼らにとって「死ぬ神の子」など考えたことも聞いたこともなかったのです。

★人々は、ラザロの甦りなど多くの奇跡にキリストへの信頼を強めたけれども、主の受難に関する話を聞いて信仰が終わったのです。しかし神の子の受難は、750年も前に預言したイザヤの預言の成就(12:40)でした。「とはいえ、議員の中にもイエスを信じる者は多かった。ただ、会堂から追放されるのを恐れ、ファリサイ派の人々をはばかって公に言い表さなかった。彼らは、神からの誉れよりも、人間からの誉れの方を好んだのである」(12:42)と聖書に記されています。何という軟弱な信仰でしょう。  

★皆さんは、強いクリスチャンになりたいと思いますか。その為には人から栄誉(称賛)を受けるよりも、神様からの栄誉を求める人にならなければなりません。イエス様は、人からの称賛を受けるよりは神様からの称賛を受けるため十字架を選ばれたのです。私達も人からの栄誉ではなく、神様からの栄誉を求めるクリスチャンになりましょう。そうする時に、あなたは強いクリスチャン、素晴らしいクリスチャンとなることが出来るのです。

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