3月18日礼拝メッセージ「神の国の奥義」

(礼拝メッセージ)マルコNO21神の国の奥義4章10~13節 

                         仁井田義政 牧師

 先週は「百倍の祝福」という題で、イエス様の「譬え」から話しました。一粒の麦が良い地に蒔かれると百倍の祝福となるという話です。譬えは、分かりにくいことを分かりやすくするための方法です。しかしその譬えを聞いた「人々と弟子達」が、それでも分からなかったというのです。悲しい限りです。何が分からないのかというと、11節に記されている「神の国の奥義」です。今日は「神の国の奥義」についてお話しいたしましょう。

★イエス様は、この譬えで何を教えられたかったのでしょうか。それは神の国の力です。イエス様は、この世には二つの力があることを教えておられます。実を結ばせない力と、実を結ばせる力です。実を結ばせない力は、種の一粒さえも失わせる力です。実を結ばせる力は、百倍の実を結ばせる力です。神の国とは、神様の支配力です。どうすれば神の力ある支配に入れるか、その奥義をイエス様は教えられたのです。

★神の国は「悔い改め」によって始まります。日本は「罪の悔い改めの弱い民族だ」と言われています。ですから日本の宗教も、みな罪の悔い改めをせずして「百倍の実を結ぶ」約束を、一足飛びに約束しようとするのです。そして日本人の多くは、家内安全、商売繁盛、病気の癒しだけに関心があり、日本の宗教はこぞってそれを約束するかたちをとっているのです。

★イエス様は「見るには見るが、聞くには聞くが、悔い改めて許されることがない」と言われました。イエス様の伝道の第一声が、「神の国は近くなった、悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:14-15)という言葉であったことを忘れてはなりません。それでは悔い改めとは、何を悔い改めるのでしょうか。それは、イエス様を信じなかった不信仰の罪です。その罪を悔い改めないでは信仰を全うすることは出来ません。また徹底した罪の悔い改めがなくては、神の力ある支配に入れないのです。

★ギリシャ語のムステリオンは、英語のミステリーの語源です。ミステリーとは隠されている真理のことです。なぜ隠されているのでしょうか。順序を踏まないとその真理に到達できないようにされているのです。人間が罪や欲望を持ったままで踏み込むことがないようにとの神様の知恵なのです。私達は、今までの信仰の姿勢を悔い改め立て直し、これからはイエス様を第一にしていきましょう。それが信仰の奥義なのです。そうする時、神様の祝福のもとで私達は百倍の実を結ぶ人となるのです。

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