2017年最後の礼拝「イエス様に送り出されて」

2017年最後の礼拝「イエス様に送り出されて」ルカ17章11~19節

                                                                                  仁井田義政 牧師

 今年最後の礼拝です。礼拝に大切なのは感謝です。感謝はどのような時に生まれ、どのような時に忘れてしまうのでしょうか。

★今日の御言には、重い皮膚病にかかった十人の人が出て来ます。普段は仲の悪いユダヤ人とサマリヤ人が、同じ所で生活していたようです。両方の町の境にツァラアトの村を作っていたのでしょう。その病のために「汚れている」という差別を受けて、本来敵対的な二つの民族がひとつになって生きていたのです。イエス様がその所を通られると、十人の病人は、遠く離れた所に立って「イエス様、どうぞ憐れんでください」と叫びました。

★イエス様はその声に「祭司の所に行って体を見せなさい」と言われました。それは病気の癒しの約束でした。彼らが祭司に体を見せに行く途中で、その病が次々に癒されました。しかしイエス様に感謝するために帰って来たのは、十人中一人であったと聖書は記しています。病気が治ったら、九人がイエス様との関わりから消えてしまったのです。汚れた病気だったことを後の人生で人々に知られたくなかった為であったかもしれません。しかし一人だけが九人から分かれたのです。

★その人はサマリヤ人でした。イエス様は「戻ってきたのはこの外国人のほかに誰もいないのですか」と言われました。サマリヤ人は「大声で神をほめたたえながらイエス様の足元にひれ伏して感謝した」のです。感謝の礼拝の姿でした。ユダヤ人から「サマリヤ人は神の恵みを受ける資格がない」と言われていた外国人なのです。しかしこのサマリヤ人はイエス様から「癒し」と「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。」という祝福を受けたのです。

★大声で神をほめたたえながら、イエス様の所に帰ってきて礼拝したとありますが、この「大きな」はギリシャ語でメガです。「声は」フォンです。メガフォンを使ったような大声で神を賛美したのです。これこそ真の感謝の礼拝です。感謝できてこそ人間は心身が健康体なのです。イエス様は、感謝して礼拝したその人に「立ち上がっていきなさい」と言葉をかけて送り出して下さるのです。イエス様に心から感謝の礼拝をし、イエス様の力強い言葉に送り出されて、2018年に進んで行きましょう。

 

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