12月3日アドベント礼拝「主は仕えるために来られた」  

(アドベントメッセージ)「主は仕えるために来られた」マタイ20章17~28節

                       仁井田義政 牧師                                 

 今年も今日からアドベントが始まります。クリスマスまでの四週間、イエス様は何故この世に来られたかを思いめぐらす信仰の時としたいと思います。今日はイエス様ご自身の御言から、イエス様は何のために来られたのかを見ていきましょう。

★今日の御言には、二人の弟子の母親が「イエス様、うちの子をイエス様の右と左に座らせて下さい」とお願いしました。自分の子供たちと話し合ってのことでしょう。親が子を思う姿としては理解できます。それを聞いた他の十人の弟子達が怒りました。これは、主が十字架に着くためにエルサレムに上る道での出来事でした。弟子達はクリスチャンでありながら、何も分かっていなかったのです。これはクリスチャンにとって大変不幸なことです。

★イエス様は、その弟子達に信仰のイロハのイから教えなければなりませんでした。そのイロハのイとは「イエス様は何のためにこの世に来られたのか」ということです。イエス様は「あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべとなりなさい。人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」と言われました。イエス様が私達を救うために、ゴルゴタの十字架へと向かっておられる時なのです。十字架において、ご自分の血の最後の一滴までも、私達の為に捧げ尽くしてくださるのです。それを聞いている者の中に、まもなくイエス様を裏切るイスカリオテのユダもいました。

★弟子達は、このエルサレム上りの時に至ってもイエス様の来られた目的を知らず母親まで巻き込んで「新しい国での自分の立場確保」の為に直談判をしています。私達も気をつけないと、キリストに仕えるよりも、自分の幸せや自分を喜ばせる為に、自分に仕えてしまうのです。自分達の身を温かい部屋で憩わせるために、イエス様を寒い馬小屋に追いやってしまうのです。もしそうならば、クリスチャンとして恥ずかしいことです。私達の為に来てくださったイエス様に、今度は私達がお仕えすべきではないでしょうか。アドベントのこの時に、私達の信仰を整えましょう。そして信仰に満ちて、クリスマスをお迎えしましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Spam Protection by WP-SpamFree