5月21日礼拝メッセージ「キリストの花嫁として」

第二コリントNO25「キリストの花嫁として」11章1~6節

                       仁井田義政 牧師

7450c58d41d544e43f2a2922d69862f6   パウロは、コリント教会の人々を思う自分の思いは誰よりも強いと主張します。そのことを伝えるために、自分を婚約中の娘を持つ父親に例えて、コリント教会に対する強い心配を記します。

★パウロは、「神の熱心をもって、熱心にあなたがたのことを思っている」と記しました。「熱心」のギリシャ語「ゼロオー」は「激しい情熱と、激しい嫉妬」を表わします。パウロはその神の「激しい情熱」と「激しい嫉妬」を受け継ぎ「あなたがたのことを思っている」と記したのです。そうであればこそ、激しい叱責の言葉ともなるのです。神の教会においては、褒められる時よりも「神の情熱」によって注意される時に、その人の本当の信仰が現れるのです。

★当時、婚約中の娘を持つ父親は、婚約期間が終わったら娘をその夫に渡すために整える責任がありました。立ち振る舞いや、純潔においても婚約期間中に夫になる人に恥ずかしくないようにするのです。教会はキリストの花嫁になる存在であり、この世の教会はキリストの花嫁の準備の時なのです。

★しかし誘惑者であるサタンは、婚約期間中のクリスチャンをキリストから離れさせようと誘惑します。創世記でエバを騙した時のように、神の言よりも魅力的に聞こえる言葉で誘惑するのです。その方法は、ちょっとだけ「神の言」を変えて教えるというものです。偽物の教えは、キリストの花嫁たちをこのようにして汚すのです。現代もその危険は増加しています。パウロは、使徒に絶対的に必要なのは弁舌の素晴らしさではなく、話される「知識が正しいかどうかである」と主張します。

★今日の御言が教えている通り、皆さんは今キリストの婚約者なのです。やがて花婿なるキリストが、私達を迎えに突然おいでになられます。サタンは婚約中の私達をキリストから離そうと悪知恵を駆使して働きかけてきます。しかし、サタンを恐れることはありません。誘惑が来た時、はっきりと意識して「キリストを選びとる」のです。サタンの甘い言葉に騙されてはいけません。私達はキリストの花嫁です。キリストに信仰の純潔を捧げましょう。

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