(4月15日拝メッセージ)「御言と収穫」

(礼拝メッセージ)マルコNO22「御言と収穫」4章14~20節

                       仁井田義政 牧師

 弟子達は「先ほど話された種をまく人の譬えにはどのような意味があるのでしょう。」と聞きました。イエス様はその弟子達の質問を聞いて、弟子達の無理解にあきれてしまいました。イエス様は再度「種を蒔く人」の譬えの意味を説明して下さいました。

★道端に蒔かれるとは、こういう人の心に蒔かれる種のことです。御言の聞ける範囲に来ていたのに、固い地面の為に御言が跳ね返され、心に入れなかったのです。「鳥」とはサタンのことで、御言が地面に入らないように見張っているのです。それは種を蒔く人も、種も更にはサタンが悪いのではなく、受け入れない心の固い人が悪いのです。

★岩地に蒔かれるとは、こういう人の心に蒔かれる種のことです。イスラエルに行ってみると分かりますが、石ころではなく岩盤です。その上に土が覆っていることがあるのです。土がかぶっているので、良い地のように見えます。しかし太陽が昇ると芽を出しますが、根が張れないのですぐに枯れてしまいます。それは、困難や迫害や反対が起こるとすぐに信仰を捨ててしまう試練に弱い人のことです。

★茨の中に蒔かれるとは、こういう人の心に蒔かれる種のことです。一見その地は良い地のように見えるですが「世の心遣い、富の惑わし、その他の色々な欲望」が入り込むと、御言の成長が妨げられてしまうのです。イスラエルには、棘のある植物が二百種類ほどあると植物学者は言っています。棘のある二百種類もの欲望を取り除かなければ、御言は実を結ばないのです。

★良い地に蒔かれる人とは、柔らかい心に蒔かれる種のことです。それは道端のような土地であっても良く耕され、石地であっても石がのけられ、棘のある植物の根のある地であっても、その刺の欲望を抜き去り捨てる時に、その畑は良い地となり、百倍の実を結ぶのです。それは御言を聞く人の決断でと選択です。

★良い心で御言を聞く者は、「三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ」(マルコ4:20)と言われました。イスラエルの当時の農業では、十倍か二十倍になったら大収穫でした。しかしイエス様の言われた収穫は、その上の三十倍、六十倍、百倍の途方もない奇跡的な大収穫です。それを約束して下さっているのです。良い地に御言を頂き、大収穫をもたらそうではありませんか。

 

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