2月18日礼拝メッセージ「赦される罪と赦されない罪」

(礼拝メッセージ)マルコNO18「赦される罪と赦されない罪」3章20~30節

                          仁井田義政 牧師

 

イエス様は山の上で十二弟子を選んで、いつもの町へ帰って来られました。すると「また」大勢の人が家に押し寄せてきました。そこでイエス様は、赦される罪と赦されない罪について話されました。

★今日の御言には「家に戻られると」とありますが、現代の原語研究によると「帰られると」であり、共同訳はその方を用いています。その家は、おそらくペテロとアンデレの家であり、そこを活動拠点にしておられたと思われます。ペテロの奥さんと熱を癒していただいた姑が、御馳走を用意していたことでしょう。しかし群衆はイエス様に食事をする暇さえ与えず、自分たちの要求を続けました。

★イエス様の所に来た人々は、癒しや奇跡を求めて集まってきた群衆でした。自分の必要が満たされることが第一でした。そのような人達が熱心にイエス様の所に来ることを、エルサレムの律法学者達は妬みました。そして律法学者達は、イエス様と群衆を分断する為にエルサレムからガリラヤに来て、「イエスは悪霊につかれている」との噂を流しました。イエス様の「身内の者」も「イエスは悪霊につかれている」との噂を聞いて、イエス様を連れ戻しにやって来たのです。

★イエス様は律法学者達の悪意を知って、「悪霊は悪霊を追い出すなどと言う馬鹿なことはしない」と言われました。「聖霊」がこのことを行なっているのだと主張されました。そしてイエス様は「アーメン」と言って話されました。「アーメン」とは「真実」という意味です。そして「赦される罪と赦されない罪」を宣言されました。赦されない罪は「聖霊を汚す罪です」とイエス様は言われました。今日の御言の前の19節に「イエスを裏切ったイスカリオテのユダ」のことが記されているのが気にかかります。

★イエス様が十字架に着けられた時に、群衆はイエス様に対して悪口雑言を浴びせ続けました。その群衆に対してイエス様は「父よ、彼らを赦したまえ」と祈られました。ユダはイエス様を裏切った後「罪を悔いた」けれども「罪を改め」なかったのです。罪をその人に示すのは聖霊です。その聖霊の働きに逆らうことは赦されないのです。私達も「アーメン=真実です」と言って、そのことを教えられました。ですから私達は、罪を犯してしまった時には聖霊の罪の示しに従い、聖霊を敬うクリスチャンになりましょう。

 

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