8月27日礼拝メッセージ「荒野に与えられた希望」

マルコNO1「荒野に与えられた希望」1章1~8節 

                         仁井田義政 牧師 

  先週でコリント第二の手紙講解メッセージは終了しました。今日からは、イエス様の生涯が記されているマルコによる福音書を連続してお話いたします。著者のマルコは、十二弟子ではありません。弟子のペテロの通訳をしていたようで、ペテロからイエス様のことを直接聞いて記したものと思われます。執筆年代は、西暦60年頃から70年の間に書かれたと言われています。そうだとすれば、キリスト教会がローマ皇帝ネロの迫害に苦しんでいた時代に当たります。そのローマで迫害にあっているローマ人クリスチャンの為に書かれた福音書なのです。

★1節の最後に『はじめ』と書かれていますが、原文では「アルケイ=はじめ」が、いちばん最初に書かれています。これは「福音書を書き始める」ではなく、「始まり、福音、イエス・キリスト」の順で記されています。そして紀元前750年くらいの預言者イザヤの預言が引用されています。それはイエス様の誕生は偶然ではなく、預言されていたことを現わしているのです。

★続いて「荒野」という言葉が記されています。荒野からイエス・キリストの福音は始まると預言され、その預言の通りに荒野から始まったのです。この福音書が書かれた時、教会もクリスチャンも荒野の中を歩んでいました。迫害と問題の渦巻く荒野、希望が全く持てない荒野の真っただ中で、キリストによる新しい時代が始まったと宣言しているのです。あなたが今、どんなに希望を持てないような荒野にいたとしても、その荒野に新しい神の子の時代が始まったことを伝えているのです。

★神様は、希望が持てない荒野のような世界に救い主を遣わして下さいました。人間の側である私達がすべきことは「主の道を用意すること。主の通られる道を真っ直ぐにすること」なのです。それが「悔い改め」です。イエス様は荒野にいる私達に、水以上の祝福である聖霊のバプテスマを与えるために来てくださいました。

★突然、荒野の中から福音は始まったと記しています。イエス様は「ユウアゲリオン=福音」を荒野にもたらされたのです。分かりやすく訳すならば「素晴らしい知らせ」です。なぜ素晴らしい知らせなのでしょう。エルサレムの町にある神殿から排除されていた人々に、神様に受け入れられる道を開いて下さったからです。あなたもイエス様をお迎えしようではありませんか

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