4月30日礼拝メッセージ「授けられた二つの権威」

第二コリントNO23 「授けられた二つの権威」10章7~11節

仁井田義政 牧師

220px-Saint_Paul,_Rembrandt_van_Rijn_(and_Workshop-),_c._1657 今日から連続メッセージに戻ります。パウロは「パウロの手紙は重みがあって力強いが、実際に会った場合の彼は弱々しく、その話しぶりは、なっていない。」(10節)と言われていました。それについてパウロは「主に授けられた権威」について主張しました。

★パウロは、ある一派がパウロの使徒職を否定する原因は「うわべの事だけを見ているから」であると記しました。12弟子は、直接主の任命を受けたので使徒なのでした。しかしパウロは昇天前のイエス様と会ったことがないのです。パウロは「私は復活の主とお会いし、異邦人への使徒として任命された」と使徒職の正当性を主張しました。

★ではなぜ「会ってみると弱々しい」状態なのでしょうか。すでにパウロは手紙を3通送っています。パウロは3通の手紙の後に、コリントを短期間訪問しました。しかし強い反対に会い、追い出されたかのようにコリントを出ました。なぜでしょうか。主が私に与えた権威は「倒す為ではなく、立てる為の権威」(8節)だからであると理由を述べています。手紙で強く注意して、立ち直るチャンスを与えたのです。それが「手紙では力強いが、会ってみると弱々しく、話しは煮え切らない」との誤解を生んだのです。

★「今までの私の手紙のことばと、行動に一致がない」と批判している人は「承知しておきなさい」(11節)と記しました。「うわべ」(7節)しか見えず、いい気になっている者に対しては、強い私の手紙と私の行動が一致する時が来ると警告しています。

★パウロは言います。私に主から授けられた権威は、第一にはクリスチャンを建て上げる権威です。もう一つは処罰する権威です。パウロは主から与えられた二つの権威によって、教会を治めるのです。パウロは、第二の権威を用いることを慎重すぎるほど慎重にしました。牧師もまたこの第二の権威を慎重に用いるように、最大限の注意を払いつつ牧会しています。主は御言を通し、牧師を通し教会を導かれるのです。その導きに快く従うことの出来るクリスチャンとなりましょう。

 

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