6月10日礼拝メッセージ「二千頭の豚と一人の人間」

(礼拝メッセージ)「二千頭の豚と一人の人間」マルコ5章14~20節

                        仁井田義政 牧師  

 ゲラサの地で一人の人がイエス様によって救われました。しかし、めでたしめでたしとはいかなかったのです。イエス様はそのゲラサから追い出されるのです。二千頭の豚と一人の人間とどちらに価値があるかという問題が起こったのです。

★レギオンという汚れた霊がその人から出て行って、その人は正気に戻りました。レギオンとは、ローマの五千人からなる軍団のことです。彼は、ローマから彼の住んでいる町に進軍してくる五千人の軍隊を見たのかもしれません。そうならば、その軍隊によって残酷な殺りくが行われたのも見たかも知れません。異教の世界では、悪霊的なものが自分に乗り移ってしまったと言う間違った恐怖を信じやすいのです。日本における民間信仰の「狐憑き」等がその例です。また「厄年の厄払い」などもそうでしょう。

★今日の聖書には、一人の人が汚れた霊から解放されるために、二千頭の豚が犠牲になったと記されています。ここに、一人の人間と二千頭の豚の価値の問題が起こったと思われます。16-17節に、この人に起こったことや、豚のことなどを詳しく話すと、「この地方から離れてください」とイエス様に言ったことが記されています。乗り越えられない文化を乗り越え、嵐に遭いながら来て下さった救い主イエス様を、私欲の為に追い返したのです。

★汚れた霊から救われた人は、イエス様に「お供をしたい」と願いました。しかしイエス様は「家に帰り、自分の体験したことを家族に知らせなさい」と言われました。それで彼はゲラサの地にとどまり、自分の家族に伝道しました。その地方全体に、イエス様の救いを伝道したのです。私達も、救いを家族に伝えるのは、自分しかいないと考えるべきです。

★それにしても聖書は、見事に人間の陥りやすい罪について記しています。自分と関係がない一人の人間よりも、二千頭の豚の方が大切なのです。ちょうど一人の人間の命よりも、何十億もの利益をもたらすはずの原発の方に価値があるという論理です。そこに人間疎外が起こるのです。イエス様は二千頭の豚の価格よりも、一人の人を尊ばれる御方です。その御方が、私達を救って下さり、守って下さっているのです。そのイエス様の愛を心から感謝して毎日を生きましょう。私達もイエス様を愛しましょう。心からイエス様に感謝の祈りを捧げましょう。

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