6月25日礼拝メッセージ「パウロの心の激しい痛み」

第二コリントNO28「パウロの心の激しい痛み」11章28~33節

                         仁井田義政 牧師

 迫害よりも使徒パウロの心を激しく痛めつけていたことがありました。それはいったい何でしょうか。

★教会の外側からの苦難とは、異端や偽教師、同じ民族ユダヤ人からの迫害でした。しかしパウロは、それに耐えながら伝道を続けて来たのでした。しかしそのパウロにも、耐えがたい苦しみがありました。それは、「日々私に押しかかるすべての教会への心づかいがあります」(11:28)と今日の聖書の箇所に記されています。偽教師やその教えによって、信仰の弱い人は正しい教えに躓いてしまうのです。その事を聞くことによって、パウロの心は激しく痛み傷つき弱りました。現代の伝道者や牧師にとっても、そのことが心の激しい痛みとなり、最大の心の傷となるのです。

★パウロは、11章1節、17節、21節などで「愚か者達のする自慢話」と思えることをしてみました。しかし、どんなに福音の為に迫害されながら伝道してきたことを話しても、自分を偉大に見せようとしているようでしっくりこないのでした。なぜならば「父なる神が永遠にほめたたえられる方」であることを知っているからです。パウロは、私は使徒だからと言って強い人間ではなく、信徒達の不信仰に悩み、心を痛める弱い人間である」ことを告白しています。そのような弱い自分を使徒として用いて下さっている父なる神こそ、偉大なのですというのでした。私が弱い者という証拠に「ダマスコで迫害を受けた時、城壁の門は閉ざされたので、城壁の窓から籠に乗せられて釣り降ろされて、迫害を逃れました」と記しました。

★今日の御言で心に留めて頂きたいことは、信徒の一人が不信仰になる時、牧師の心は耐えられないほど激しく痛むということです。しかし人が不信仰になる時、本人はいたって元気であるということが多いのです。それは神様の御心に従うよりも、自分の思い通りに行動しようとするからです。その時の不信仰のエネルギーは強いものです。そのような時、パウロの心も牧師の心も激しく痛み、人々への心配が日々押しかかるのです。

★信徒の皆さん、そのようなことのないように、御言にしっかりと立ちましょう。そして正しく信仰を守り、神様の御心に従順に従いましょう。

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