Monthly Archives: 3月 2017

3月26日礼拝メッセージ「神はあらゆる恵みを」

第二コリントNO21神はあらゆる恵みを9章8~15節

                         仁井田義政 牧師

058 パウロは、8章と9章を用いて献金の祝福について記しました。もう既に献金の祝福について4回の日曜日でお話しさせて頂きました。今日で5回目です。みなさん、献金が恵みであり祝福であるということをどれほど信じられたでしょうか。今日はパウロによる献金の勧めのメッセージとして、「神はあらゆる恵みを」という題でお話しいたします。

★「あらゆる恵み」とは何でしょう。それは、霊的な恵みと物質的な恵みの両方です。しかし、献金を物惜しみする人を主は祝福なさいません。神様を本当の意味で信頼していないからです。9節に「この人は散らして、貧しい人々に与えた。その義は永遠にとどまる」と記されています。「蒔き散らす」とは物惜しみしないで、気前よくの意味です。

★13~14節の中に「彼ら」という言葉が3回出て来ます。それはエルサレム教会の人々のことです。当時、ユダヤ人と異邦人クリスチャンの間に溝があり、第一回エルサレム会議を行ない和解しました。その時の決議の中に「貧しい人達を顧みるように(ガラテヤ2:10)との異邦人教会への決議もありました。エルサレム教会も異邦人教会も、キリストの体なのです。体であれば体のどこの痛みであっても、体全体が無視できないのです。

★さて献金の目的は、自分達の教会や他の教会の経済を補うだけではありません。人間の生活の領域を越えるのです。それは12節に「神への感謝」13節に「神をあがめる」と記されています。献金は、私達人間と神様の喜びに満ちた礼拝へと導くのです。 

★献金についての教えを5回にわたってお話しして来ました。その第1回目の御言には、献金を「神の恵み」(8:1)と記されていました。今その学びを終えるに当たって、献金を「神様から与えられた恵み」と受け止めておられるでしょうか。喜びにあふれて献金が出来るようになられましたでしょうか。神様はいつも献げる人の心を見ておられるのです。そうであるならば、私達は喜びに満ち溢れて献金しようではありませんか。神様はそのような人をあらゆる面で祝福し、あらゆる面で豊かにし、あらゆる面で助けて下さるのです。クリスチャンは、喜びに満ち溢れて献金する人となりましょう。

3月19日礼拝メッセージ「豊かに蒔けば、豊かに刈り取る」

第二コリントNO20「豊かに蒔けば、豊かに刈り取る」9章1~7節

                         仁井田義政 牧師

fa927cb0-s 今日の御言の最初に「この奉仕については」と記されています。この奉仕とは、エルサレム教会への献金のことです。そして「今更、あなたがたに書き送る必要がない」と記しています。本当に書き送る必要がないのかというと、そうではありません。それは「あなたがたが当然知っていることではあるが」という意味です。当然知っていながら、その知っていることが出来ないでいることが私達にはよくあります。それを打ち破るには、信仰と勇気が必要なのです。今日の御言からその信仰と勇気を学びましょう。

★この献金のアイディアは、最初コリント教会から出されたものでした。パウロ達もコリント教会のアイディアに感動し、マケドニヤやアカヤの諸教会でコリント教会を誇ったのです。しかし何としたことか、コリント教会がこの奉仕に対して熱意を失ってしまったのです。パウロは「あなたがたを誇ったことが無駄にならず、あなたがたも恥をかくことがないように」と記しました。

★パウロは「献金は惜しみながら、渋りながらではなく」と献金の仕方について教えました。神様への献金は、捧げる者の心と信仰が大切であることを教えたのです。旧約聖書で、カインとアベルの捧げ物が有名です。兄のカインは農拓者となり畑でとれた物を、アベルは牧畜者となり羊の最高のものを捧げたのでした。神様はアベルの捧げ物を受け入れ、カインの捧げ物は受け入れませんでした。アベルは最高の捧げ物を持ってきたからです。(創世記4:1~7)

★パウロは「少しだけ蒔くものは、少しだけ刈り取り、多く蒔くものは多く刈り取る」と教えました。「少しだけ蒔く者」の「少し」は、原語では「けちけち」という意味です。その結果は「けちけちした収穫」しか得ることが出来ないのです。「豊かに蒔く者」の「豊か」の原語の意味は「たっぷりと」です。そうすると「たっぷりと」還って来るというのです。神様は、そのような人を全ての面で豊かに祝福してくださるのです。

★パウロはさらに続けて「いやいやながらではなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにすべきである」と教えました。私達も気前の良いクリスチャンとなって、喜んで主のお働きの為に献金する人となりましょう。

3月12日礼拝メッセージ「熱意があり熱心である人」

第二コリントNO19 「熱意があり熱心である人」8章16~24節

                         仁井田義政 牧師

images 今日の御言を見ますと、パウロはガラテヤからテトスをコリント教会に遣わそうとしています。その他に二人の奉仕者をもテトスと一緒に遣わそうとしています。それはエルサレム教会が迫害の為に貧しくなってしまっていたからです。その為の献金を集めるためでした。

★それではパウロは、なぜ自らコリント教会に行かなかったのでしょう。それはパウロがコリント教会のある人達から「不正をしている。利をむさぼっている」(7:2)と言われていたからだと思われます。また「それは主の前ばかりではなく、人の前でも公明正大な事を示そうと考えているからです」8:21)とその理由が述べられています。

★この献金は、エルサレム教会の貧しさを助けるためにだけあったのでしょうか。それだけとは思われません。貧しさだけならばマケドニア地方の教会も「極度の貧しさの」(8:2)なかにあったのです。マケドニア地方の教会はその「極度の貧しさ」の中で喜んで献金しているのです。貧しさに対する援助以上の何かが献金をする目的があったと考えなければなりません。

★それはパウロが、ユダヤ人の人々は救われて10年以上たっても、「救われる為には律法と信仰が必要」と考えていた背景があると考えられます。「信仰のみによる救い」ということが理解できないでいたのです。そこで激しい議論がエルサレム会議(使徒15章)でありました。その異邦人教会の「誠意を、ユダヤ人教会の人々に示す為」(19節)なのです。

★イエス様は「ユダヤ人も異邦人も兄弟姉妹となること」を望んでおられました。世界宣教を実現するためには「異邦人教会とユダヤ人教会の融和」が必要だったのです。テトスは、自分から進んで行こうとする熱心がありました。他の二人も、主の奉仕の為に熱心な人達でした。

★パウロの選んだ人は、主の為に熱心で熱意を持った人でした。パウロは、熱心のある人がこの奉仕を成し遂げることが出来ると信じたのです。熱心は聖霊が与えて下さいます。私達も聖霊に燃やされて、熱い信仰の人となりましょう。そしてテトスと他の二人のように世界宣教に自分を捧げましょう。

3月5日礼拝メッセージ「それを成し遂げなさい」

第二コリントNO18それを成し遂げなさい」8章6~15節

                         仁井田義政 牧師

538658c3fdf241a439f7de390a741766 イエス様が言われた「聖霊を受けると力を受け、エルサレム、ユダヤ、サマリヤ、そして地の果てにまで」教会が出来るということが実現しつつありました。今やアジアを越え、ヨーロッパのコリントにまで教会は拡大していました。しかし今、その教会発祥の地のエルサレム教会が、迫害の真っ只中にあり経済的な窮乏に苦しんでいました。パウロは、エルサレム教会の為にコリント教会に献金をお願いしました。

★しかし聖書をよく読んでみると、この献金はパウロが勧めたのでも、テトスが勧めたのでもなく、コリント教会の提案で始まったことが分かります。「このことを他に先んじて願った」(10節)のは、コリント教会であったと記されています。そしてその提案が、ガラテヤ地方の諸教会にまで広まったのでした。しかし、その提案者のコリント教会が献金を中断してしまっていました。おそらくその後に起こった指導者争い、異端問題、道徳問題等で、中断してしまっていたのでしょう。

★コリント教会は、問題がいっぱいでした。しかしパウロは「全ての祝福を数えてしなさい」(7節)と教えています。「望みも消えゆくまでに、世の嵐に悩むとき、数えてみよ主の恵み、我が心は安きを得ん」という聖歌604番が思い出されます。神様の与えて下さった恵みの中で、最もおろそかにされやすいのは「献金の恵み」です。問題が起こると最初に中断されてしまうのが献金です。パウロは「イエス様は私達に全てを献げて下さった」(9節)と献げる恵みを教えています。

★パウロは「喜んでしようと思ったのですから、今持っているもので、それを成し遂げられるはずです」(11節)と記しました。また12節には「熱意があるならば、持っている程度に応じて」と記しました。神と神の教会を愛する熱意でのことです。このような捧げものによって「困難の中にある教会も、そうでない教会も平等になる」と教えています。 

★パウロは、自分たちが提案した献金を「成し遂げ」て(11節)下さいと勧めました。すでに困難の中にあり極度の貧しさの中にあったマケドニアの教会は、成し遂げたのです。私達も「持っている程度に応じて」(12節)神様に心からお献げし、与えられた献金の恵みを成し遂げましょう。