4月23日礼拝メッセージ「偉大な弁護者」

(主日礼拝)「偉大な弁護者」ヨハネ14章15~17節

                       仁井田義政 牧師

 396669eb91f72655a53754e8ed1d74f6イエス様は復活されてから40日間、弟子達と多くの人達に現れました。その後、父なる神のもとへと帰って行かれました。弟子達はどんなに寂しい思いになったことでしょう。最後の晩餐の席で、イエス様は「偉大な弁護者」について話しておられます。しかし弟子達はその意味が分かりませんでした。私達も「偉大な弁護者」について無知であってはなりません。強く生きる為に、偉大な弁護者についてしっかりと知りましょう。

★イエス様は最後の晩餐の時、弟子達に「心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい」(14:1)と言われました。御自分の昇天後、弟子達が不安になることを知っておられたのです。「心を騒がせる」とは、心細くて心配で心がまとまらない。つまり心が分裂してしまうことです。イエス様を信じ抜くことよって、まとまりを失った心がひとつになるのです。また「イエスを信じる」とは、ギリシャ語の意味ではイエス様に自分を委ねることと、イエス様を選び取っていく決意のことなのです。

★イエス様は、ご自分の昇天された後の信仰世界は、全く別の世界になると言われました。「イエス様を信じる者は、イエス様のわざを行い。それよりも大きなわざを行う」。また「祈りは何でも聞かれる」(12~14)と言われました。イエス様昇天後の時代は、神様の御心に合った祈りであれば、どんな祈りでも聞かれる時代なのです。

★また、イエス様の昇天後には「もう一人の助け主が」与えられると言われました。「助け主」はギリシャ語の「パラクレイトス」で「弁護者」とも訳せる言葉です。「パラクレイトス」は、「パラ」(「傍らに」の意味)と、「クレイトス」(「呼ばれた」の意味)の合成語です。私達の傍らにいつもいて助けて下さる方として遣わされるのです。

★その時代が現代なのです。助け主、偉大な弁護者、聖霊なる神があなたの傍らにいつもいて、あなたを守って下さっています。あなたの傍らにおられる偉大なる弁護者、聖霊の力を信じて下さい。

(イースターメッセージ)「復活祭への招待」

(イースター合同礼拝)「復活祭への招待」ヨハネ20章1~9節

                       仁井田義政 牧師

Easter-Jesus-Risen-greeting-cards イースターおめでとうございます。イエス様が墓に葬られて三日目の朝は、イエス様を信じ着いてきた人々にとって、暗い心で迎えた朝でした。弟子達は、イエス様の死によって失望する集団となっていました。しかしイエス様は、その失望する弟子達を希望の朝に招待されました。「復活祭への招待」です。

★イスラエルの議員でもあつたアリマタヤのヨセフとニコデモは、イエス様のお体を数時間で埋葬しました。夕方から安息日が始まるので、急いで埋葬したのです。ニコデモも埋葬の為に30キロもの没薬を持って来ました。イエス様への尊敬を現わしています。その当時、没薬は金と同じ価値の宝物でした。ですからイエス様誕生の時にも、東方の博士達が持ってきた宝物の中にもあったのです。当時は少なくとも何百万円もの値段だったと思われます。ニコデモはパリサイ派の議員でした。(ヨハネ7章41~52節)

★葬りから三日目の日曜日の朝早く、女性達が墓に行って見ると、石の扉が転がされていました。石は数トンあり、とても女性が開けられる状態ではありませんでした。なぜ石は転がされていたのでしょう。多くの人は「イエス様が墓から出て来るために」と思っています。しかしそのような事をしなくても、扉を開けずに弟子達のいる部屋に入れたイエス様であれば、石の扉も開けずに出て来られたでしょう。

★それでは何のためにそうしたのでしょう。人間にとって、墓は絶望的な所です。しかしイエス様は絶望の場所を希望の場所とされたのです。イエス様は、絶望の石を転がし、復活の希望へと招待されたのです。イエス様が墓の石を転がされたのは、自分の為ではなく、絶望を転がすことの出来ない女性達の為であり、弟子達の為だったのです。

★イエス様は、今もあなたを希望の復活祭へと招いて下さっています。イエス様は甦られました。あなたもイエス様のご招待に与かって、墓にさえも希望の持てる人としていただきましょう。

 

4月9日受難週礼拝メッセージ「三本の十字架」

受難週礼拝メッセージ「三本の十字架」ルカ23章33~43節 

                         仁井田義政 牧師

5dc95a28b0d405d6550d48e463fe8f22 今日から受難週が始まります。クリスチャンは、特にこの一週間をイエス様のお苦しみを思い起こしながら過ごさなければなりません。

★イエス様の処刑された場所は、ドクロと呼ばれている丘でした。死刑場で骨が散らばっていたからとも、丘の形がドクロの形であるからとの説があります。ドクロはヘブル語のゴルゴタ。ラテン語のカルバリです。ギリシャ語ではクラニオスです。その死の丘に、ユダヤ人(神の前に自分は正しいと思っていた人達)とローマ人(自分達は世界の支配者と思っていた人達)とが、イエス様を十字架に着けるために集まりました。ゴルゴタの丘には、直接手を下さない者達、つまり権力者の力も集結していました。イエス様の処刑を命令したローマ総督ピラトの意志と、ユダヤ王ヘロデの意志の集結です。

★ローマ人とユダヤ人、ユダヤの民衆とヘロデ王、彼らはふだん仲の良い人達ではなく、互いに敵意を持った人達でした。それがイエス様を十字架に付けて殺すことには、一致団結したのです。それは、私達人間の姿を現わしています。

★さらにゴルゴタの丘には、イエス様を中心に三本の十字架が立てられました。イエス様の両脇の二人は、「犯罪人」(33節)です。おそらくユダヤ人の国粋主義者で、ローマに反抗し兵隊も殺し略奪や強盗もした人達でしょう。その一人はイエス様を呪い、もう一人はイエス様に救いを求めました。イエス様は救いを求めたその人に「まことに・・・今日私と共にパラダイスにいます」と言われました。「まことに」は原文で見ると「アーメン」と記されています。イエス様の感動が伝わる言葉です。

★何がイエス様を十字架の苦しみの中にあっても「アーメン」と感動させたのでしょうか。犯罪者の一人が、自分の罪を認めたからです。生きなおす時間がない絶望的な状態で、イエス様を信じて救いを求めたからです。三本の十字架は、無意味に立てられたのではありません。イエス様をあざ笑う者の仲間となるか、イエス様を信じるか、です。イエスの救いを信じ、イエス様の救いに預かりましょう。イエス様は、私達をアーメンと言って救って下さるお方なのです。

第二コリントNO22「パウロの懇願」

第二コリントNO22「パウロの懇願」10章1~6節

                          仁井田義政 牧師

 第二コリントは10章に入りますと、その内容が一変します。中断していた異端問題とその信奉者の排除について記し始めるのです。その中で、パウロ自身が常に心掛けていた「キリストの寛容」について記しています。

★パウロは2回目のコリント教会訪問の時に、異端者とその従者に厳罰をもって対処すると思われていたようです。手紙に強い口調で異端者への処罰が記されていたからです。しかしそうはしませんでした。むしろパウロ自身がコリント教会を追われるように離れたのです。そのようなことから、「パウロは手紙では強いが、会うと気弱な人だ」という悪口が広がりました。

★しかし彼の心掛けていることは、「キリストの寛容」による指導でした。キリストは、罪を悔い改める罪人には、柔和と寛容の限りを尽くしてその罪を許されたのです。キリストは、罪を悔い改める者に十字架において自分の命まで捧げられたのです。パウロはその寛容を大切にしたのです。だからと言って、罪を悔い改めない者をそのままにしていたのではありません。

★パウロの懇願していることは、異端の教えを信じている者達がその罪を悔い改めることを「キリストの寛容」に沿って願ったのです。その姿勢が「会うと弱々しく、離れていると強気に見える」という、パウロの印象を与えることになったのです。パウロは「私が強気にふるまうことがないように」と、人々に悔い改めることを懇願しているのです。

★さらにパウロは「私は肉にあって歩んでいても、肉に従って戦ってはいない」と記しました。肉とは弱さを持った人間のことです。弱さを持った人間の知恵などによって戦っているのではないということです。人間の構築した難攻不落に見える「要塞をも破壊する力」を持った神の御言によると言っています。コリント教会の一部の者の神への不従順が完全になった時、その罪を罰する用意は出来ていると記しました。 

★パウロは「気弱」に見えるほど、キリストの寛容をもって指導しました。「強気にふるまうことがなくて済むように願っています」と記されています。私達もそのような時には、悔い改めの時間が与えられている内に、悔い改める信徒となりましょう。

3月26日礼拝メッセージ「神はあらゆる恵みを」

第二コリントNO21神はあらゆる恵みを9章8~15節

                         仁井田義政 牧師

058 パウロは、8章と9章を用いて献金の祝福について記しました。もう既に献金の祝福について4回の日曜日でお話しさせて頂きました。今日で5回目です。みなさん、献金が恵みであり祝福であるということをどれほど信じられたでしょうか。今日はパウロによる献金の勧めのメッセージとして、「神はあらゆる恵みを」という題でお話しいたします。

★「あらゆる恵み」とは何でしょう。それは、霊的な恵みと物質的な恵みの両方です。しかし、献金を物惜しみする人を主は祝福なさいません。神様を本当の意味で信頼していないからです。9節に「この人は散らして、貧しい人々に与えた。その義は永遠にとどまる」と記されています。「蒔き散らす」とは物惜しみしないで、気前よくの意味です。

★13~14節の中に「彼ら」という言葉が3回出て来ます。それはエルサレム教会の人々のことです。当時、ユダヤ人と異邦人クリスチャンの間に溝があり、第一回エルサレム会議を行ない和解しました。その時の決議の中に「貧しい人達を顧みるように(ガラテヤ2:10)との異邦人教会への決議もありました。エルサレム教会も異邦人教会も、キリストの体なのです。体であれば体のどこの痛みであっても、体全体が無視できないのです。

★さて献金の目的は、自分達の教会や他の教会の経済を補うだけではありません。人間の生活の領域を越えるのです。それは12節に「神への感謝」13節に「神をあがめる」と記されています。献金は、私達人間と神様の喜びに満ちた礼拝へと導くのです。 

★献金についての教えを5回にわたってお話しして来ました。その第1回目の御言には、献金を「神の恵み」(8:1)と記されていました。今その学びを終えるに当たって、献金を「神様から与えられた恵み」と受け止めておられるでしょうか。喜びにあふれて献金が出来るようになられましたでしょうか。神様はいつも献げる人の心を見ておられるのです。そうであるならば、私達は喜びに満ち溢れて献金しようではありませんか。神様はそのような人をあらゆる面で祝福し、あらゆる面で豊かにし、あらゆる面で助けて下さるのです。クリスチャンは、喜びに満ち溢れて献金する人となりましょう。

3月19日礼拝メッセージ「豊かに蒔けば、豊かに刈り取る」

第二コリントNO20「豊かに蒔けば、豊かに刈り取る」9章1~7節

                         仁井田義政 牧師

fa927cb0-s 今日の御言の最初に「この奉仕については」と記されています。この奉仕とは、エルサレム教会への献金のことです。そして「今更、あなたがたに書き送る必要がない」と記しています。本当に書き送る必要がないのかというと、そうではありません。それは「あなたがたが当然知っていることではあるが」という意味です。当然知っていながら、その知っていることが出来ないでいることが私達にはよくあります。それを打ち破るには、信仰と勇気が必要なのです。今日の御言からその信仰と勇気を学びましょう。

★この献金のアイディアは、最初コリント教会から出されたものでした。パウロ達もコリント教会のアイディアに感動し、マケドニヤやアカヤの諸教会でコリント教会を誇ったのです。しかし何としたことか、コリント教会がこの奉仕に対して熱意を失ってしまったのです。パウロは「あなたがたを誇ったことが無駄にならず、あなたがたも恥をかくことがないように」と記しました。

★パウロは「献金は惜しみながら、渋りながらではなく」と献金の仕方について教えました。神様への献金は、捧げる者の心と信仰が大切であることを教えたのです。旧約聖書で、カインとアベルの捧げ物が有名です。兄のカインは農拓者となり畑でとれた物を、アベルは牧畜者となり羊の最高のものを捧げたのでした。神様はアベルの捧げ物を受け入れ、カインの捧げ物は受け入れませんでした。アベルは最高の捧げ物を持ってきたからです。(創世記4:1~7)

★パウロは「少しだけ蒔くものは、少しだけ刈り取り、多く蒔くものは多く刈り取る」と教えました。「少しだけ蒔く者」の「少し」は、原語では「けちけち」という意味です。その結果は「けちけちした収穫」しか得ることが出来ないのです。「豊かに蒔く者」の「豊か」の原語の意味は「たっぷりと」です。そうすると「たっぷりと」還って来るというのです。神様は、そのような人を全ての面で豊かに祝福してくださるのです。

★パウロはさらに続けて「いやいやながらではなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにすべきである」と教えました。私達も気前の良いクリスチャンとなって、喜んで主のお働きの為に献金する人となりましょう。

3月12日礼拝メッセージ「熱意があり熱心である人」

第二コリントNO19 「熱意があり熱心である人」8章16~24節

                         仁井田義政 牧師

images 今日の御言を見ますと、パウロはガラテヤからテトスをコリント教会に遣わそうとしています。その他に二人の奉仕者をもテトスと一緒に遣わそうとしています。それはエルサレム教会が迫害の為に貧しくなってしまっていたからです。その為の献金を集めるためでした。

★それではパウロは、なぜ自らコリント教会に行かなかったのでしょう。それはパウロがコリント教会のある人達から「不正をしている。利をむさぼっている」(7:2)と言われていたからだと思われます。また「それは主の前ばかりではなく、人の前でも公明正大な事を示そうと考えているからです」8:21)とその理由が述べられています。

★この献金は、エルサレム教会の貧しさを助けるためにだけあったのでしょうか。それだけとは思われません。貧しさだけならばマケドニア地方の教会も「極度の貧しさの」(8:2)なかにあったのです。マケドニア地方の教会はその「極度の貧しさ」の中で喜んで献金しているのです。貧しさに対する援助以上の何かが献金をする目的があったと考えなければなりません。

★それはパウロが、ユダヤ人の人々は救われて10年以上たっても、「救われる為には律法と信仰が必要」と考えていた背景があると考えられます。「信仰のみによる救い」ということが理解できないでいたのです。そこで激しい議論がエルサレム会議(使徒15章)でありました。その異邦人教会の「誠意を、ユダヤ人教会の人々に示す為」(19節)なのです。

★イエス様は「ユダヤ人も異邦人も兄弟姉妹となること」を望んでおられました。世界宣教を実現するためには「異邦人教会とユダヤ人教会の融和」が必要だったのです。テトスは、自分から進んで行こうとする熱心がありました。他の二人も、主の奉仕の為に熱心な人達でした。

★パウロの選んだ人は、主の為に熱心で熱意を持った人でした。パウロは、熱心のある人がこの奉仕を成し遂げることが出来ると信じたのです。熱心は聖霊が与えて下さいます。私達も聖霊に燃やされて、熱い信仰の人となりましょう。そしてテトスと他の二人のように世界宣教に自分を捧げましょう。

3月5日礼拝メッセージ「それを成し遂げなさい」

第二コリントNO18それを成し遂げなさい」8章6~15節

                         仁井田義政 牧師

538658c3fdf241a439f7de390a741766 イエス様が言われた「聖霊を受けると力を受け、エルサレム、ユダヤ、サマリヤ、そして地の果てにまで」教会が出来るということが実現しつつありました。今やアジアを越え、ヨーロッパのコリントにまで教会は拡大していました。しかし今、その教会発祥の地のエルサレム教会が、迫害の真っ只中にあり経済的な窮乏に苦しんでいました。パウロは、エルサレム教会の為にコリント教会に献金をお願いしました。

★しかし聖書をよく読んでみると、この献金はパウロが勧めたのでも、テトスが勧めたのでもなく、コリント教会の提案で始まったことが分かります。「このことを他に先んじて願った」(10節)のは、コリント教会であったと記されています。そしてその提案が、ガラテヤ地方の諸教会にまで広まったのでした。しかし、その提案者のコリント教会が献金を中断してしまっていました。おそらくその後に起こった指導者争い、異端問題、道徳問題等で、中断してしまっていたのでしょう。

★コリント教会は、問題がいっぱいでした。しかしパウロは「全ての祝福を数えてしなさい」(7節)と教えています。「望みも消えゆくまでに、世の嵐に悩むとき、数えてみよ主の恵み、我が心は安きを得ん」という聖歌604番が思い出されます。神様の与えて下さった恵みの中で、最もおろそかにされやすいのは「献金の恵み」です。問題が起こると最初に中断されてしまうのが献金です。パウロは「イエス様は私達に全てを献げて下さった」(9節)と献げる恵みを教えています。

★パウロは「喜んでしようと思ったのですから、今持っているもので、それを成し遂げられるはずです」(11節)と記しました。また12節には「熱意があるならば、持っている程度に応じて」と記しました。神と神の教会を愛する熱意でのことです。このような捧げものによって「困難の中にある教会も、そうでない教会も平等になる」と教えています。 

★パウロは、自分たちが提案した献金を「成し遂げ」て(11節)下さいと勧めました。すでに困難の中にあり極度の貧しさの中にあったマケドニアの教会は、成し遂げたのです。私達も「持っている程度に応じて」(12節)神様に心からお献げし、与えられた献金の恵みを成し遂げましょう。

2月26日礼拝メッセージ「これも神の恵みなのです」

第二コリントNO17「これも神の恵みなのです」8章1~5節

                                                                 仁井田義政 牧師

e117cdb3bd56d3e68dab004fb36e200e今まで話してきましたコリント教会にあった異端問題、指導者問題、性的な悪習慣の問題、使徒パウロに対しての根も葉もない悪評、それらのことが一応収束したのです。「コリント教会が正しい信仰に戻りつつある」ことをテトスから聞き、パウロはコリント教会の信徒達を再度「全幅の信頼を寄せることができるのを喜んだ」(7:16)のでした。そして全幅の信頼がなければ話せない「神の恵み」について記し始めました。

★その神の恵みは、既にマケドニアの諸教会で行なわれていました。マケドニア地方には、ピリピ教会、テサロニケ教会、ベレヤ教会がありました。その教会に、エルサレム教会の窮状が伝えられたのです。すると彼らも大変な試練と苦しみの中にありながら、エルサレム教会への献金を開始したのです。

★その献金は、パウロに勧められて始まったのではありません。「彼らは自ら進んで・・・ささげた」(8:3)のです。「聖徒たちを支える交わりの恵みにあずかりたいと熱心に私達に願ったのです」(8:4)とあります。「ぜひ私達にもエルサレムの聖徒たちの為に献金させて欲しい、私達もその恵みに預かりたい」とすすんで献金したのです。

★なぜ、そのような献金が出来たのでしょうか。それはまず「自分自身を主に捧げていた」(8:5)からです。イエス様が自分の為に命を捧げて下さったことを信じ、感謝するクリスチャンだったからです。コリント教会は、マケドニア教会とは比べものにならないほど豊かでした。たとえ豊かな人であっても、献金は、主に自分を捧げきっていない人には出来ないことなのです。 

★献金を今日の御言は「恵み」と言っています。献金を「恵み」と取るか、「負担」と取るかは、その人の信仰姿勢にかかっています。ですから献金の勧めには非常に微妙な問題をはらみます。しかしパウロはコリント教会の信徒達への「全幅の信頼を寄せ」(7:16)勧めました。私も皆さんへの全幅の信頼を寄せて「献金は負担なのではなく、神様からの恵みなのです。」とお勧めします。マケドニアの諸教会のように自ら進んで捧げましょう。献金することは、神様からの恵みのひとつです。自ら願って献金の出来る人になりましょう。

2月19日礼拝メッセージ 「不安と慰め」

第二コリントNO16「不安と慰め」7章5~16節   仁井田義政 牧師

54la_katabami1 今日の聖書には、気落ちし不安に満ちていたパウロが、コリント教会に遣わしていたテトスとの再会によって、大きな喜びに満たされたことが記されています。

★パウロは、コリント教会に激しい内容の「涙の手紙」(2:4)を書きました。それをテトスに託してコリントの教会に遣わしたのですが、テトスの帰りが大幅に遅れたのです。心配になったパウロは、港町トロアスまで出てテトスの帰りを待ちました。しかし季節は冬となり、航路は閉鎖されてしまいました。あとテトスが帰って来る方法は陸路しかありません。パウロは陸路のどこかでテトスに会えることを願い、テトスが帰って来ると思われる陸路をたどりました。しかしテトスには会えずに、ついにヨーロッパのマケドニアまで来てしまいました。

★そのマケドニアにいた時、パウロは「外には戦い、内には恐れ」がありました。おそらく異教徒の迫害と、コリントの人々の反応のことでしょう。しかしついにテトスが帰って来たのです。テトスはパウロにコリント教会の人々の現状を伝えました。コリント教会の信徒達の大半は、パウロ先生を信頼していること。またパウロの手紙を読んで、反パウロの人達の中にも悔い改める人達が起こったこと。また教会が勇気をもって異端者に対して「処罰を断行させたこと」(11節)を聞きました。

★不安と恐れの中にあったパウロの心は「平安と喜びにあふれ」ました。  テトスに会って良い知らせを聞き、一気にパウロは霊的にも精神的にも健康を取り戻しました。コリント教会に「愛情が増し」(15節)「全幅の信頼をよせることができるようになった。」(16節)のです。

★パウロを「気落ちした不安な」状態から慰めて下さったのは、神様です。(6節)パウロはコリント教会で激しい反対に遭いましたが、その場所にテトスが3通目の手紙を持って行ったのです。テトスは、勇気ある信仰の使者でした。「不安」の中にあったパウロは、そのテトスの働きによって「慰め」を受けたのです。私達も、テトスのような勇気ある御言の使者となろうではありませんか。