マタイ講解NO22「二人の主人」マタイ6章19~24節
仁井田義政牧師
今日のイエス様の御言は「あなたは何のために生きるのか」という究極的な問がされている所です。私達はそのイエス様の問いに「私は今まで何のために生きて来たのか。これから何のために生きようとしているのか」と自分に問いつつ聞かなければなりません。イエス様は今日の御言の最初で「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。自分の宝を天にたくわえなさい」と言っておられます。それは「富に仕えるのか、神に仕えるのか」という人生の究極的な選択を迫られているのです。
★私達の人生には、その人なりの人生の目的があります。多くの人は自分の為に生きているのです。それが物質主義の現実です。しかしイエス様は、そのような生き方に対して「神の為に生きる」道を示されました。
★イエス様は「富の為に生きる人は富の僕となり、神の為に生きる人は神の僕となる。」と言われました。イエス様が用いられた「富」と言う言葉は、アラム語由来の偶像を表わす「マモン」という言葉です。「マモン」を用いたのは、富は偶像に成り得るからです。神様を信じて生きる人生か、富を神として生きる人生か、の二者択一が迫られているのです。
★ルカによる福音書19章には、エリコの町に神様よりもお金を愛したザアカイという人が出てきます。大金持ちでしたが、彼は嫌われ者でした。しかしイエス様が「ザアカイ、今日わたしはあなたの家に泊まることにしているよ」と言われた時、お金では得られない喜びを感じ、イエス様を家に迎えました。私達も、ザアカイのように「あなたにお仕えする者になります」と決心して、人生を歩みましょう。