8月16日礼拝「主よ、私に御言を下さい」

マタイ講解NO30「主よ、私に御言を下さい」マタイ8章5~13節

                             仁井田義政牧師

 今日の聖書の箇所には、イエス様に対する信仰と、人を愛するイエス様の愛が、ぴったりとひとつになる様子が記されています。山を下りて来られたイエス様に、ローマ軍の百人隊長が会いに来たのです。

★百人隊長とイエス様の関係について話しますと、社会的には、当時イエス様はローマの軍人に支配されている立場にありました。その命令に従わなければ、処罰を受ける時代だったのです。そのような時に、ローマの百人隊長が「主よ、私の僕の病気を癒してください」とイエス様に願ったのです。

★その時、百人隊長が病の奴隷を「パイス」と言ったことが記されています。それは「子供」を現わす語で、英語では「ボーイ」と訳されています。ふつう奴隷を表わす語は「ドゥロス」です。奴隷であれば、大人でも子供でも、役に立たなければコスト削減の為に捨てられるのが普通の時代です。そのような時に、この百人隊長は必死で僕の癒しを求めて、イエス様の所に来たのです。

★イエス様は、一瞬で隊長の心の中を読み取られました。隊長は、自分の為ではなく僕の為に、支配者の誇りも捨ててイエス様に懇願したのです。主もその百人隊長の信仰の姿に感動して、当時の「異邦人の家に行けば汚れる」という意識も越えて、「私が行って直してあげよう」と言われました。それは当時の一般常識を越えるイエス様の強い決意が現わされています。

★しかし隊長は「主よ、私の家にお入れする資格は私にはありません。ただおことばを下さい。」(7節)と言いました。隊長は、イエス様が私の家に来られたら「イエスは異邦人の家に入って汚れた人となった」と人々に言われてしまうだろうと思ったのです。それで隊長は「ただ、おことばを下さい。そうすれば僕は直ります」と言ったのです。言葉には力があると体験的に知っていたのです。イエス様は、この異邦人の百人隊長の信仰に驚きました。この時、イエス様のことばで百人隊長の僕は癒されました。私達も百人隊長に倣って「主よ、私におことばを下さい」と祈りましょう。

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