8月9日礼拝「主よ、私をきよめて下さい」

マタイ講解NO29「主よ、私をきよめて下さい」マタイ8章1~4節

                             仁井田義政牧師

 イエス様は、群衆と一緒に山を下りてこられました。すると山のふもとに人間の悲惨な生活がありました。最初に出会ったのが、ツァラート(重い皮膚病)の人でした。

★ツァラート(重い皮膚病)の病気は、汚れた病気として人々から大変嫌われていました。そのため家族からも社会からも隔離されていました。この病気の辛さは、痛みや痒みという病状の辛さはさることながら、家族や社会、そして当時の人々にとって何よりも大切だった宗教社会からも、阻害されたことでした。すべての人間関係において、その人は「百害あって一利なし」として扱われたのです。

★その人は重い皮膚病を隠して、人里離れた谷間の洞穴などで生活していました。彼らにとっても彼らの家族にとっても、人々から「汚れた病気」と言われるのが一番つらかったのです。自分でも「私は汚れた者」だと100%思っていたことは間違いありません。ですから、イエス様の所に来た時「治して下さい」ではなく、「きよめて下さい」と言ったのです。

★当時この病気の人は、人の前に出てくることは禁じられていました。このような場合、人々から石を投げつけられて殺されることになっていたのです。そこは、イエス様が直ぐに怒り「石を投げよ」と命じるだろうと思うような場面です。しかしその時、度肝を抜くような事が起こりました。イエス様は石を投げるどころか、手を伸ばして彼に触られて「わたしの心だ、きよくなれ」と言って癒されたのです。彼は、この病いの苦しみから救われました。彼は、谷間の生活から命を賭けてイエス様の前に来たのです。イエス様はその人を見逃しませんでした。

★私達も、この重い皮膚病の人のように、自分の汚れを認め「主よ、私をきよめて下さい」と祈りましょう。イエス様は手を伸ばしてあなたに「私の心だきよくなれ」と触れてくださいます。

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