Monthly Archives: 7月 2026

7月19日礼拝「命に至る道」

マタイ講解NO27「命に至る道」マタイ7章13~23節

                          仁井田義政牧師

 今日はイエス様の山上での教え16回目です。その教えも、ついに結論に入ってきました。この教えの目的がどこにあったかが、明確に現わされる部分となってきたのです。今日の御言の中心テーマは「命に至る道」です。

★イエス様は「あなたがたの人生は、何処に向かおうとしているのですか」と言われます。しっかりとした人生の目標設定が必要なのです。イエス様は「命に至る」ことこそ、あなたの人生のゴールでなければなりませんと言われます。しかし、若い人は人生のゴールを「幸せな結婚生活」としたり、中年・壮年は「お金持ちになること」としたり、老年は「健康一番」としたりすることが多いのです。そしてやがて健康にも裏切られて、死で滅びる人生を描いて生きてしまうことがあるのです。イエス様は「あなたがたのゴールは死ではなく、命に目標設定をしなさい」と教えておられます。

★さらにイエス様は「滅びに至る門は大きく、その道は広く、そこから入って行く者が多いのです」と言われました。滅びに至る道は、欲望のままに流されて生きる人生です。しかし「命に至る門は小さく、その道は狭く、それを見出す者はまれです。」とイエス様は教えられました。

★さらにイエス様は「主よ、主よ、と言う者が、みな天の御国に入るのではない」と言われました。この時、五千人以上の人々が「主よ、主よ」とイエス様を慕って集まって来ていたのです。イエス様は、その人達を前にそのように言われたのです。この言葉は、クリスチャンの私達が心して聞かなければならないのです。

★イエス様が言われているように、多くの人が「滅び」に至る道を歩いています。その大衆の流れに流されてはなりません。もう一度、あなたの人生を「命のゴール」に設定しましょう。そして父なる神様の御心を行なう人生を力強く生きていきましょう。

7月12日礼拝「愛されているから」マタイ7章7~12節

マタイ講解NO26「愛されているから」マタイ7章7~12節

                          仁井田義政牧師

今日の御言は、悩んでいる人々を一歩も二歩も行き詰まりから前進させる素晴らしい御言です。行き詰まりとは、自分の何か越えられない壁のようなものを感じて悩んでいることです。それは6章25~34節で、イエス様が教えられた衣食住の問題かもしれません。あるいは先週、話しました人間関係の問題かもしれません。今日のイエス様の御言を聞いて、そのような人生から立ち上がりましょう。

★イエス様は「求めなさい」と言われました。それは「求め続けなさい」との意味です。誰に求めるのでしょうか。自分に求めるでしょうか。他人に求めるのでしょうか。違います。神様に求めるのです。神様に求め続ける、探がし続ける、たたき続けるのです。それは祈りです。

★祈る人は、神様の愛を知っている人です。イエス様は、人間の親のことを例にしながら、神様の愛を教えておられます。不完全な人間の父親さえ、パンを求める子に石を与えることはありません。魚を求める子に蛇を与えることはありません。それならば完全な愛に満ちた天の父が、私達に「良いものを下さらないはずがありましょうか」と言われました。ルカ福音書11章13節には「良いもの」とは「聖霊である」と記されています。

★この話は、あなたの人生の行き詰まりのことが目的で話されたのではありません。この話の最後の「それで」「だから」いう接続詞で、そのことは明かです。「人に良いことをしたら、神様が良いことをして下さる」のではないのです。「私達は神様にすでに愛されているので、人々を愛する」のです。

★今日の御言は、12節の「それで」「だから」という接続詞で、聖書全体の教えの「神と人の愛」につながっているのです。祈りなさい、求めなさい、探しなさい、叩きなさい、と教えて下さっているのです。神様の愛が既に与えられていることを感謝して、行き詰った人生から立ち上がりましょう。

7月5日礼拝「あなたの聖なる真珠を守れ」

マタイ講解NO25「あなたの聖なる真珠を守れ」マタイ7章1~6節

                          仁井田義政牧師

今日の御言は、私達クリスチャンにとってとても大切なことです。クリスチャンには、クリスチャンの誇りがあります。信仰に熱心であればあるほど、一歩退いて今日の御言を聞く必要があります。なぜなら、聖さを求めるあまり、裁き合うことがあるからです。

★山の上でイエス様から教えを聞いた群衆は、みな不完全な人々でした。しかし郊外の山の上にまで、イエス様についていくほど熱心な人々でもありました。その数は男性だけで五千人と言われています。一方から見れば、宣教の大成功に見えるのではないでしょうか。イエス様は、その人達にクリスチャンとなって教会を形成するために大切な教えをされました。

★教会の中で大切なことは、裁き合わないことです。イエス様は、譬え話をされました。目のちりと梁の譬えです。梁とは丸太のことです。イエス様は自分の目に丸太が刺さっている人が、他の人の目の塵を取ってあげようと言えるだろうか、他人の塵が気になって仕方のない人は、自分の目には丸太が刺さっていることを覚えなさいと言われたのです。

★教会が「私は聖い」と言う人ばかりだったらどうなるでしょう。教会は、裁き合う所となり、イエス様が一番大切にされた「神を愛し、人を愛する」という教えはどうなるでしょう。続いてイエス様は「豚に真珠を投げて与えるな」と教えられました。真珠とは、聖書の真理や信仰と考えることができるでしょう。それを豚に投げ与えることは、あなたもその真理や信仰の価値を知らなかったことになります。信仰の価値を相手に教えようとして、踏みにじられ、失望し、信仰を失うことになったら元もこもありません。

★まず、自分自身の信仰を真珠のように大切にしなければならないのです。人の目に塵がみえて「なぜそのままにしておく、私が取ってあげるよ」という思いが沸き上がってきたら、聖なる真珠を投げて与えるのではなく、その人の為に祈ってあげるのです。そうすれば「向き直ってあなたがたを引き裂く」ことはないでしょう。あなたの真珠を大切にしましょう。何があっても失わないようにしましょう。