マタイ講解NO20「一人でみんなの為に祈る」マタイ6章7~15節
仁井田義政牧師
明日から3日間、全国聖会が行われます。そのテーマは「祈りと叫び・祈りと断食」です。日本のクリスチャン人口1パーセントの壁を破るような祈りが求められている聖会だと思います。今日の御言も、イエス様が教えて下さった「神様に聞いていただける祈り」についての教えです。クリスチャンの間では「主の祈り」として有名なところです。
★主は、私達が祈る前から祈りをかなえようと待ってくださっています。そして一人で祈る時も、「アバ」と祈る祈りに孤独はありません。さらに「私達の」と祈る祈りに、孤独はないのです。主の祈りには「私の」という祈りはひとつもなく、「私達の」が6回も繰り返されています。自分のことばかりではなく、教会のこと、世界の人々のことを愛して祈るのです。
★イエス様が教えられた聞かれる祈りの中で、大切なことは二つあります。一つは「主の御名が崇められるように」とある祈りです。それは、自分のことより神様の栄光の為に祈るということです。二つ目は「私達の負い目をお許しください。私達も負い目のある人を許しました」という祈りです。これは特に大切なので、イエス様は14節でも教えておられます。
★1800年代の人で、ジョージ・ミュラーという人がいました。主の祈りをいつもした人として有名です。ドイツ生まれの彼は孤児の父と言われ、一万人以上の身寄りのない子供達を育てた人でした。ある時は子供達に与える食物がなく、空の食器を前にして子供達と祈ったと言います。すると馬車の音が聞こえ、扉を開けると沢山の食料が届けられていたのでした。
イエス様の教えられた祈りは完璧です。私達も、一人で祈る時にもみんなの為の祈りを実践しようではありませんか。
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