主日礼拝メッセージ「ともに苦しまれる神」イザヤ63章7~9節
高間智浩師
皆さんに問いかけがあります。人生の苦しみの中で、「神は本当に分かってくれている」と思ったことはないでしょうか。誰にも理解されない悩みを抱えた経験はありますか?御言葉で「彼らのすべての悩みのとき、主も悩まれる(苦しまれる)」と教えてくれています。今日の題は「ともに苦しまれる神」です。神は「無関心な観察者」ではありません。神は民の苦しみを「知っている」だけでなく、その苦しみに関わっておられます。
★神は感情だけで終わりません。神は「同情するだけ」ではなく、救いの行動を起こされる神です。主は、聖書の中で救いの具体性をもって、旧約聖書時代は主の使いによる救出をし、新約聖書時代はひとり子のイエス・キリストを遣わし、救いを表わされました。
★救いの動機は「愛とあわれみ」によってであり、行いによらない、努力によらない、資格によりません。神の救いの出発点は、人間の善さではなく、神の愛によってです。
「あがない」の意味は、代価を払って買い戻す、失われた者を取り戻すということです。
神は、あなたを「手放してよい存在」とは決して思っておられません。
もし今、重荷を一人で背負っているなら、今日、その重荷を主にゆだねてみませんか。
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