2026年元旦礼拝「年の初めから終わりまで」

        仁井田義政 牧師

今年の溝の口キリスト教会の御言                             

「そこは、あなたの神、主が目を留めておられる地であり、年の初めから年の終

わりまで、あなたの神、主の目が絶えずその上にある。」(共同訳 申命記 十一 章 十二 節)

 皆さん、あけましておめでとうございます。溝の口キリスト教会は、申命記の御言で二〇二六年が始まりました。申命記は、イスラエルがエジプトの奴隷状態から解放されて、神様の約束の地に入る前に、モーセによって語られた説教集です。その内容は、新しい地に入っていったなら、どのように生活して神様の祝福を受け、幸せな生活をするかの教えです。それは、そのまま私達が新しい年を迎えて、どのようにして祝福された生活をするかの教えにもなります。今日の御言の前後関係から、新年二〇二六年が、皆さんにとって素晴らしい年となりますよう、この御言を新年礼拝のメッセージとしたいと思います。

★まず新しい年を祝福に満ちた年とするための条件は、八~九節にあるように、神様の命令を守ることです。神様の命令と言いますと、堅苦しく感じる人がいるかもしれません。しかし、それは神様の優しさなのです。新しい機械等を購入して、その取扱い説明書がないと困ります。それと同じように、神様は私達が新しい年に迷い、無駄な日や時間を使うことのないように、説明書を下さったのです。それは、イスラエルの民達が、エジプトからイスラエルにひと月もあれば来られるのに、四十年もかかってしまったからです。さらに悲劇的なのは、エジプトを出る時に二十歳以上だった人々は、四十年の間に全て荒野で死んでしまいました。それこそ無駄死をしたのです。

★さて申命記は、エジプトの地と新しい約束の地の違いについて、記しています。エジプトの地には大きなナイル川がありましたが、その利益を受けるためには、自分の力で川から水をくみ上げて動植物に与えなければなりませんでした。しかし新しい地イスラエルには、山があり谷があり、そこは雲が湧き出て雨が天から降ってくる地なのでした。人力によってではなく、前の雨と後の雨が地を潤し、農作物を育てたのです。前の雨は、十月~十一月頃にあり、その時が種蒔きの季節となりました。後の雨は、三月~四月頃で、それは収穫前の大切な雨なのです。その二度の雨季は。今もなお変わることがありません。

★そのように、天から雨の降る新しい地で、神様からの祝福を受ける方法は「主を愛すること」ですと二十二節に記されています。そうする時、主が新しい年に於いて、あなたを祝福してくださるのです。しかし無視すれば、新しい地での生活も「呪われたもの」になってしまうと二十六節に記されています。

★神様はイスラエルの民が、新しい約束の地に入っていくにあたり、イスラエルのために「年の初めから、年の終わりまで、絶えずその上に目をとめておられる地である」(十一節)と言っておられます。イスラエルの民は、エジプトから約束の地まで一ヵ月もあれば十分に行けた距離なのに、不信仰のために四十年も荒野をさまよい続け、苦しい生活をすることになってしまいました。モーセは、イスラエルの民が約束の地で不信仰のゆえに無駄死にすることがないように、この申命記の一大説教をしたのです。

★私達は、新しい年を「強く主を愛する年」と致しましょう。そして強い信仰の告白をもって、神様からの祝福に満ちた新しい年を受け取り、二〇二六年を希望に満ちて出発いたしましょう。

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