4月6日礼拝「家族みんなの幸せ」

詩篇講解NO128「家族みんなの幸せ」128篇1~6節

                         仁井田義政牧師

先週は、溝の口教会の50周年記念礼拝でした。素晴らしい記念会になりました。神様の祝福を感謝いたします。さて今日の128篇も、巡礼者の詩篇です。巡礼者が神殿に参拝し「主にある家庭の幸せ」の歌です。

★まずこの詩篇は「幸いなことよ=アッシュレー」から始まります。それは「ああー、なんと幸せなことだろう」という意味です。詩人が、家族そろって礼拝に来ることが出来たことに幸福を感じているのでしょう。イエス様の家族も、毎年「過ぎ越しの祭」には、エルサレムに礼拝に行きました。12歳のイエス様も、家族と一緒に礼拝に行かれました。(ルカ2:41)

★さらに「あなたは自分の手の勤労の実を食べる時、あなたは幸いだ」と記されています。自分の手の「勤労の実」とは収入のことです。そして「勤労の実」の原語の意味は、「苦労する」でもあるのです。神様を知らない人は「勤労の実」(収入)をどのように楽に得るかを考え、全て自分の為に使うということが普通です。しかし、そのような生活に幸福を感じているかと言うと、虚無的で、満たされずに生きているのが現実です。

★次には「妻は家の奥にいて、ぶどうの木のよう、若木に囲まれたオリーブの木のようだ」と記されています。妻が奥にいて等との言葉には「そんなバカな」と怒られそうですが、この言葉は男性にはなかなかできない優れた母親の働きの領域を言っているのです。それは、ぶどうとオリーブ木の譬えで明らかです。子供達に命の栄養を与えてひとつの家族にするのは、母親の特別な働きです。特にオリーブの木は常緑樹なので、いつも子供達が母親と正しい関係にあると幸せで、青々と命に溢れて強くなるのです。

★詩人は、家庭の幸せはシオンから来ると言っています。この詩篇は巡礼者の歌です。何でも自分の幸せの為という生き方が現代では横行しています。それで人間は幸せになっているでしょうか。2024年の厚生労働省の発表によると、全国の精神疾患患者は 620 万人を超えていて、「過去20年間に2倍の増加率」だと記しています。大変な数ですね。クリスチャンは、家族が救われるように祈りましょう。そして家族が救われるために、本気で家族を愛してゆきましょう。

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