2月2日礼拝「逆境の中の巡礼」

詩篇講解(NO.120)「逆境の中の巡礼」120篇1~7節

                       仁井田義政 牧師                                        

 今日の詩篇120篇~134篇までの15篇は、「都上りの歌」という表題が付いています。つまりエルサレムに礼拝に来る人々が歌った巡礼者の歌なのです。この詩は、詩人がどこからエルサレムに礼拝に来たのかも記しています。その地名を考えないで読んでしまうと、この詩の意図する内容の10%も理解できないでしょう。

★詩人は、礼拝のためにエルサレムに向かっています。詩人がどのような境遇にあったかを記しています。それは苦しみの中にあったのです。その中で主に祈って「主は私に答えられた」という体験を持った人でした。私達の礼拝も、「主に感謝する」という礼拝が大切であることが分かります。

★この詩の作者は、好戦的な異教徒の中にいました。「偽りの唇、欺きの舌」つまり嘘を平気でつく人々の中で生活していたのです。しかも、その人達と比べて、詩人は社会的に地位が低い立場にありました。しかし、4~5節では、必ず神様によって彼らに「鋭い矢と、炭火が加えられる」と信じていました。

★5節には、詩人が今まで住んでいた所の地名が記されています。それは、メシェク(ロシアの黒海地方)とケダル(アラビア地方)です。詩人は寒いロシアに住んでいたり、熱いアラビアに住んでいたりしていたことがあるようです。しかし、なぜそうなったのかはわかりません。戦争で捕虜になって、そのあと奴隷になったのかもしれません。そのような事は、古代においては普通に行われていたからです。

★しかも彼の住んでいる土地の人は、「彼らは戦いを望む」(7節)という好戦的民族でした。1節の「その苦しみのうちに、主に呼ばわると、主は私に答えられた」という言葉から推測すれば、解放され自由人として礼拝に来たのかもしれません。いずれにしても、この詩人は生活に負けていないのです。「苦しみのうちに主に呼ばわると、主は私に答えられた」と言って、遠い道のりを歩き、神様を礼拝しに来ているのです。私達も、このような大変な逆境の時にも、希望を持ち祈り続ける礼拝者となりましょう。

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