7月17日礼拝「主は瞳を守るように」

詩篇NO17「主は瞳を守るように」17篇6~13節

                     仁井田義政 牧師

ダビデは戦いの人でしたので、窮地に陥ることも度々ありました。今日の詩篇は、そのような窮地の中の祈りです。
★詩篇17篇を概略しますと、1~5節までは「自分は神様の前に正しい」ことを、祈りの中で訴えています。6~9節までは「神様に、私を守って下さい」との祈りです。10~14節までは「敵がいかに豊かで強い力を持っているか」を、神様に訴えています。

★ダビデ軍の陣地が取り囲まれて逃げる道もなく、八方ふさがりの状態です。しかも、敵は力強く待ち伏せしているライオンのようだと言っています。13節の「主よ立ち上がって下さい」は、もう神様による奇跡的な救出以外に、助かる見込みがない状態であることを現わしています。

★その祈りに、神様は「瞳を守るように私を守る」方であると言っています。目は体の中の小さな器官ですが、眉毛で守られ、瞼で守られ、いつも清潔に保つために涙で洗われ守られているのです。またその目を洗った後の汚れた涙が、目の中に残ったままで細菌が繁殖したりしないように、涙の排管まで配置されているのです。また、神様は「親鳥が雛鳥をかくまうように」安全な御翼の陰にかくまって下さっているのです。

★ダビデは、「あなたの奇しい恵みをお示しください」(7節)と祈っています。神様は、神様の愛を信じて祈る私達の祈りを聞いて下さる御方です。ですからダビデは、続いて「右の手に来るものを救う方」と信仰の宣言をしているのです。神様を信頼し祈る人は、全能者なる神の御業に触れるのです。

★私達の人生にも、幾度か八方ふさがりに感じる状況があります。あなたが今そのような中におられるかも知れません。しかもあなたが、飛び掛かろうとしているライオンに譬えられているような恐怖の中にあっても、神様は祈るあなたを必ず守って下さるのです。「自分の瞳を守るように」「翼の中にひな鳥を守るように」です。ダビデは結論で、「しかし私は・・御顔を仰ぎ見、目覚める時、あなたの御姿に満ち足りるでしょう」と言っています。神様は祈る人を必ず守って下さいます。

私達も、私達を愛して下さっている神様を信じ、神様を愛し、どんな時にも祈る人になりましょう。

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