7月10日礼拝「私は私の前に主を置く」

詩篇NO16「私は私の前に主を置く」16篇6~9節

                      仁井田義政 牧師

聖書から真理を見出すことは、宝物を発見するように心がワクワクしてきます。今日は詩篇16篇を通して、ダビデの信仰の秘訣を見ていきましょう。

★ダビデには、困難がなかったわけではありません。私達と同じように、いやそれ以上にありました。彼は、ひとりの少年羊飼いから、神様に選ばれて王様にまでなった人です。その人生は、波乱万丈でした。ダビデは、人生の中で神様の助けを求めてよく祈りました。その祈りが詩篇なのです。その信仰姿勢は「あなたこそ私の主、私の幸せはあなたの他にありません」という言葉に現わされています。

★ダビデは「主は、私へのゆずりの地所です」と言いました。この言葉は5~6節に出て来ます。それは「相続財産」という意味です。ダビデは王様ですから、イスラエル全土の主権者で、外国の王達も多くの貢物を持って来ました。しかし、ダビデは神様に「あなたこそ、私の大切な財産です」と、信仰の告白をしているのです。

★そのダビデの信仰と祝福の秘訣は、8節の「私はいつも、私の前に主を置いた」という言葉にあります。それは「私は優先して主に従っていく」という意味です。人間はいつも自分を優先して、神を後ろにおいてしまいやすいのです。神様を下に置いて、(しもべ)のように利用しようとします。また脇において、自分と同じような人間として扱うようなこともあります。さらには上の天国に追いやって、自分の生活には関係がないかのようにしてしまうのです。ダビデは「私はいつも、私の前に主を置いた」と、信仰者としての秘訣を記したのです。その信仰の結果、8~11節の「私は揺るぐことがない」「私の心は喜び」「私の魂は楽しんでいる」「私の身もまた安らかに住まおう」と確信し、感謝しているのです。

★ダビデが「主を自分の前に置く」ことによって、神様は10~11節にあるように、命の道を知らせて下さるのです。その生き方には「喜びと楽しみが」あります。この16篇の詩篇は、ペンテコステの日、つまり教会設立の日に、聖霊に満たされたペテロが、教会初の説教の中で引用しました。私達も、いつも自分の前に主を置くクリスチャンとなりましょう。

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