Daily Archives: 2019年2月3日

(2月3日礼拝)「パリサイ人の罠にかかるな」

(礼拝メッセージ)「パリサイ人の罠にかかるな」マルコ10章1~12節

                                                                                           仁井田義政牧師

 本日の10章6~9節の御言は、パリサイ人がイエス様を合法的に殺す為に、その罪名作りの為に必死になって考えた罠です。そういうパリサイ人の質問であることを心得て読まなければなりません。そのような緊迫した中で教えられた大切な教えなのです。

★イエス様は、10章に入って三つの話をされました。まず離婚問題。次は子供問題。さらに財産問題です。どれも日常の大切な事ばかりです。この話が終わると、32節の「先頭に立って」という有名な言葉が出て来ます。この流れの中で、今日の離婚問題も読まれなければなりません。

★パリサイ人が提示した律法は、1300年も前の律法でした。女性は人間として扱われていない時代の言葉でした。しかしパリサイ人は、イエス様が女性を人間として扱われることを知っていました。そしてそれがすなわち、イエス様が律法を無視することと考えていたのです。そこでイエス様は、パリサイ人に「モーセはあなたがたに、何と命じていますか」(3節)と質問されました。パリサイ人は自信を持って「モーセは妻に離婚状を渡せば離婚しても良いと言っています」と答えました。その逆は絶対に許されていなかったのです。モーセは紀元前1300年も前の人です。その間ずっと男尊女卑が続いていたのです。

★男だけが優位に立つ結婚などあってはいけません。結婚は、互いの親や家を離れて神が二人をひとつとしたと聖書にあります。そのひとりを傷つけることは自分を傷つけることです。ですから結婚を軽んじてはならないと言われたのです。イエス様の弟子達まで、男性優位が当然と思っていました。男性が自由に離婚を決められないなら「結婚しない方がましです」(マタイ19:10)と言っています。 

★結婚は、神様が作られた大切なものです。人と人とが親の家を離れてひとつとなるのです。ですから結婚相手を選ぶ時は、軽い心で決断してはなりません。互いの思い込みや不十分さの結果、離婚が起こるのです。そのことで互いに傷つくのです。パリサイ人はイエス様が「離婚をしてはいけない」と答えれば愛がないと責め、「離婚しても良い」と言えば律法を破ったという罠をかけたのです。どちらの答えでも罠にかかるのです。イエス様はどちらでもなく、人間の罪のために「先頭に立って」十字架に向われるのです。イエス様の愛に感謝しましょう。