Daily Archives: 2019年1月20日

1画20日礼拝メッセージ「水一杯でも祝福がある」

(礼拝メッセージ)「水一杯でも祝福がある」マルコ9章38~42節

                      仁井田義政牧師

 私達が常識と考えていることでも、イエス様に全否定されることがあります。しかしイエス様の考えは、私達と比べものにならない程広いのです。今日の御言は、私達の教会がさらに拡大して強い教会になっていくために、大切な御言なのです。

★ヨハネは、イエス様から「雷の子」(マルコ3:17)という名を付けられた弟子です。彼は「先生の名を使って悪霊を追い出している人を、私達の仲間でないので止めさせました」とイエス様に報告しました。イエス様の名前を使っても従ってこない者は、当然イエス様もお怒りになられると思ったのです。この報告は、イエス様がエルサレムへと向かっている途上のことでした。その時弟子達は、「弟子達の中で誰が一番偉いのか」という論争をしていたのです。ヨハネは手柄として、イエス様に褒めてもらいたかったのでしょう。

★しかしイエス様は、「やめさせることはない」と言われました。イエス様は「私の名を使いながら、私達について来ないとしても、止めさせるほどのことではない」と言われたのです。それは、「私の名を使ったすぐ後に、私に反対することは出来ないからだ」ということです。ヨハネは「自分はイエス様に従っている」と思い込んで、偏狭な心になっていたのです。イエス様は、もっと「おおらかに」人々の救いを見ておられるのです。

★さらにイエス様は、「あなたがたがキリストの弟子だからというので、あなたがたに水一杯でも飲ませてくれる人は、決して報いを失うことはありません」と言われました。イエス様は、そのように信仰のまだ不完全な者を批判し退けてはいけませんと教えられたのです。

教会は、信仰の弱い人を非難する所であってはなりません。その人を愛して、信仰を助けることが大切なのです。声を荒げて雷のように「従って来ないので止めさせました」と言っているヨハネが、実は一番わかっていなかったのです。しかしイエス様は、そのようなヨハネをも決して捨てはいません。40節で「私達に反対しないものは」と、ヨハネをイエス様の「私達」の中に入れて下さっておられるのです。

★私達の教会も、信仰の強い者も弱い者も、イエス様に「私達」と呼んでいただき、成長し大勢になって行きましょう。