Monthly Archives: 7月 2018

7月15日礼拝メッセージ「遣わされた弟子達」

(マルコNO30)「遣わされた弟子達」6章6~13節

                        仁井田義政 牧師

 先週は、六田弁護士がご奉仕して下さいました。素晴らしい礼拝と信徒訓練会になりましたことを感謝致します。今日からまたマルコの福音書の講解メッセージに戻ります。今回は、あえて6節を再度入れさせていただきました。今日の御言の伝えようとしているところは弟子達の信仰についてです。

★イエス様の伝道は、ナザレの人々の不信仰によって失敗(こういう言い方が良いのかわかりませんが)してしまいました。しかし、それだからと言って失望し伝道を止めてしまわれたわけではありません。聖書には「それからイエスは近くの村々を教えて回られた」(6:6)と記されています。つまり直接本丸が駄目なら、外堀を埋めることからと言うわけです。故郷のナザレ伝道の失敗の原因は、イエス様にではなくナザレの人々の不信仰にあったからです。

★イエス様は、十二人の弟子達を六組に分けて近くの村々に遣わされました。まだみな弟子になったばかりで完成はしていないのです。そのような者に「権威」を与えて遣わされました。しかし伝道に「パンも袋もお金も二枚の下着も持って行ってはいけません」と言われました。

★イエス様は、どうしてパンもお金も持って行くことを禁じられたのでしょうか。それは権威を与えられた弟子達が、謙遜にその権威を用いた伝道をしなければならないことを知らせるため、また伝道は伝道者や牧師が一人でするものではないことを学ばせるためでした。他の人の助けが必要なのです。だからと言って人々の助けを得るために、イエス様の真理をソフトなものにしてはいけません。人々の救いは「悔い改め」させることから始まります。そして悪霊追放、病の癒しが行なわれるのです。弟子達による「近くの村々の伝道」は、ナザレの村の結果とは反対に大勢の病人が癒されたのです。

★44年前の3月の春の時でした。私は卒業したら教団や教区に金銭的援助も人的な援助も受けないで、信徒ゼロからの開拓伝道をするという考えでいました。理事達は心配して「そのような無謀な伝道は失敗するからやめなさい」と忠告して下さいました。その時に私は「イエス様の弟子達は何も持たないで行くことを命ぜられ、それに従いました。すると全員伝道に成功して帰ってきました。」と主張したのです。私達も、今まで以上に助け合い協力し合って伝道の働きをすれば、必ず不信仰な所まで伝道は到達し成功するのだと確信を持ちましょう。そしてますます伝道を前進させましょう。

 

7月1日礼拝メッセージ「イエス様の驚き」

(礼拝メッセージ) 「イエス様の驚き」マルコ6章1~6節

                        仁井田義政 牧師    

 イエス様はガリラヤ湖周辺の伝道を一時終えて、ご自分の故郷ナザレの村へと帰られました。しかしイエス様は、人々の不信仰のゆえにナザレでは「力ある御業を何一つできなかった」と聖書は記しています。今日は、信仰と神様の御業には密接な関係あることを学びましょう。

★イエス様の母マリヤは、ガリラヤ地方で「イエスは悪霊に憑かれている」と噂されていることを知って、イエス様を連れ戻しに来たことがありました。そのナザレに帰られるのです。安息日になり、イエス様はナザレの会堂に立って話すことになりました。誤解の渦巻くナザレの村で、よく会堂管理者の許可をとれたものだと思います。それはガリラヤの会堂管理者、つまり娘を助けて頂いたあの会堂管理者が、イエス様を迎えるように書状を送ったのではないかと思われます。

★会堂に集まった人々は、イエス様の話を聞き、その知恵と力に驚きました。かつてのイエス様とは全く違っていたからです。三十歳までのイエス様は、ナザレの大工でした。小さな村では、多くの人が幼少期から三十歳までのイエス様を知っており、それゆえにあまりの変化に驚き躓いたのです。「躓く」とは、信仰が倒れることです。イエス様に会って、イエス様の御言を聞いて、信仰が躓いたのです。つまり不信仰になったのです。

★ナザレの村の人々は、御言を聞き、イエス様の知恵と力を知りながら    不信仰になったのです。彼らの不信仰ゆえに、イエス様は力ある御業を何一つ行なうことが出来なかったと聖書は記しています。そして、イエス様は「彼らの不信仰に驚かれた」(6:6)とも記されています。イエス様は寂しく故郷を去ることになるのです。

★イエス様はナザレに来られる前に、長血の女性に「あなたの信仰があなたを癒したのです」(5:34)と、また会堂管理者ヤイロの娘が死んだと知らせがあった時、「恐れないで、ただ信じていなさい」(5:35-36)と言われています。イエス様から力を頂くためには、信仰が絶対的に必要なのです。しかしナザレの人々は不信仰であったので、イエス様は驚かれたのです。信仰に強く生きていますか。不信仰に注意し、生涯を信仰で貫きましょう。