Daily Archives: 2018年6月3日

6月3日礼拝「いったい私に何をしようと」

(礼拝メッセージ)「いったい私に何をしようと」マルコ5章1~13節

                         仁井田義政 牧師

 私達は、行きたくない所に行く時には、短い距離でも足取りが重くなったりします。ユダヤ人にとって、ゲラサの地は行きたくない所でした。汚れた人たちの住んでいる所と思っていたからです。しかしイエス様は、弟子達にそこに行こうと言われました。途中で嵐に遭い、死ぬ目にあいました。「だから来たくなかった」と思ったに違いありません。とうとうそこに着きました。そこで最悪なことに、裸で墓場に住む悪霊に憑かれた人と出会ったのです。

★現代人には「悪霊に憑かれた」という言葉は奇妙に聞こえます。悪霊なるものが目に見えないからです。しかし、ここには社会生活が出来ない人、孤独な人、神も自分も信じられない人の姿が現わされています。神の存在を知りながらも、自分との関わりを願わない人などの姿が記されているのです。

★墓場に住んでいる人がなぜ鎖で繋がれたのか。それは他人へ危害を加える生き方をしていたからです。また夜昼となく叫び続けるからです。周りの人へ気遣いが出来ないのです。また石で自分を傷つけるのは、自分を尊敬することが出来ない人の姿でもあります。こうして見ると、この聖書の記事は、一気に現代人の生活にリンクされ得ることがわかります。

★この人は、大声で「 私に何をしようとするのですか」と叫びました。「大声で」とは、彼が本当に言いたかったことを現わします。この叫びは、現代の日本人に多い言葉です。それは「私は私。あなたはあなたでしょ。私に構わないで、今のままで良いのです」との姿勢を現わしています。これが悪霊の正体だと聖書は言っています。

★イエス様の質問に「私の名はレギオンです」と答えました。ラテン語つまりローマ語で、5000人~6000人からなる陸軍のことなのです。自分の生き方を変えられない程の力に捕らえられている姿です。しかしついに彼は、イエス様の力で解放されました。悪霊は二千頭の汚れた豚の中に入って、その人の中から消え去ったというメッセージなのです。 

★イエス様がこの一人を救ったからと言ってどれ程の手柄になるでしょう。しかしイエス様は、誰も関わりたくないゲラサ人の所に来て下さいました。イエス様はそうしてあなたの所にも来て下さったのです。イエス様はあなたが大切なのです。心を開いてそのイエス様の愛を信じて受け入れましょう。