Daily Archives: 2018年4月8日

4月8日礼拝メッセージ「イエスご自身が近づいて」

(礼拝メッセージ)「イエスご自身が近づいて」ルカ24章13~43節

                         仁井田幸子師

    先週は、主の御復活を皆で感謝し、お祝いすることが出来ました。今日の聖書箇所は、復活直後の出来事です。

★エルサレムから11キロ離れたエマオに向かう二人の弟子に、イエス様が近づいて話しかけられます。二人はその御方がまさか復活されたイエス様とは気付かず、エルサレムで起きたイエス様の十字架の死と、お墓からお体が無くなってしまったことを話します。イエス様は、絶望と悲しみで意気消沈している二人に、聖書からその真の意味を解き明かされます。それでもなおその御方がイエス様であることに気付きません。ただ不思議なことに心(霊)が燃える体験をします。

★弟子の家に入り、用意された食事にイエス様がパンを裂き祝福されます。本来ならばその家の主人がすることです。そこで二人は初めて、見慣れたイエス様のパンを裂き祝福される御姿を見て、イエス様だとわかったのです。なんと幸せなことが起きたのでしょう。復活のイエス様が十二弟子ではないたった二人の弟子に近づき、共に歩き、聖書を解き明かし、パンを裂いて祝福して下さったのです。

★二人は、この素晴らしい出来事を知らせるべく、エルサレムに引き返します。弟子達に話している時に、イエス様が入って来られ、真ん中に立たれました。弟子達は、驚き恐れて幽霊を見ているのだと思ってしまいます。イエス様はおじ惑う弟子達に「わたしの手や足を見なさい。」そして「わたしにさわって見なさい」そして遂には焼いた魚を召し上がられたのです。イエス様は、至れり尽くせり、何としてでも、どのような方法をとってでも、弟子達に分かって欲しかったのです。そこまでして、人類に対する神様の愛が十字架と復活にあると示されたのです。

★それでは私達は、共に歩んでくださっているイエス様にどこで気が付くのでしょうか。聖書を解き明かされた時でしょうか。イエス様に「心の鈍い人たち」と言われた二人の弟子も、心のうちが燃えた体験をしました。私達も鈍い者ですが、心のうちが燃える者でありたいですし、正しい聖書知識によって神様の愛を理解する者でありたいです。私達の全人格(知情意)においてまた霊性において、ますます主を追い求め、愛してゆく者になりましょう。主が私達に近づいて、共に歩んでくださっています。