Daily Archives: 2017年8月6日

8月6日礼拝メッセージ「全ては築き上げるために」

第二コリントNO33「全ては築き上げるために」12章19~21節 

                        仁井田義政 牧師 

 パウロは、本心からではない「自分を誇る」という行為をしました。私達人間は、自分に誇るべきことがあれば、ひとつ残らず誇りたいのです。愚かなことです。コリント教会で何の制限もなく自分を誇っていたのが、偽教師達だったのです。パウロは、ここで「なぜ私は自己弁護しなければならなかったのか」について記しています。

★パウロが愚かなことと知りつつ、自分を誇り自己弁護した目的は、ただ一つコリント教会を建て上げるためでした。それは人々の正しい信仰のことです。パウロはやむを得ずした自慢話も「神の御前でキリストにあって語っているのです」と記しているように「キリストの中で」つまり、真実のみなのです。建て上げるとは、レンガや石を積み上げることに関する用語です。材料があっても、家に建て上げられなければ瓦礫なのです。

★パウロはコリント教会を建て上げるために、三回目の訪問を計画していました。しかし第二回目訪問の時のように、激しい反対に遭うのではないかと心配しました。パウロは、前回の訪問の時とは違う激しい決意を持っていました。それは、反対者が悔い改めない場合は処罰するということでした。

★教会をバラバラにしてしまっている原因は、第一コリント1章にあるように「仲間割れ」と「不品行」でした。優れた知識と能力を持った人間に付こうとするギリシャ人特有の習慣です。それとアフロディテ神殿公認の売春婦が千人もいた町だったからです。当時の地中海世界では「コリント風に生きる」との言葉が広まっていました。それは性の堕落した生活のことです。 クリスチャンになるには、その生活を変えなければなりませんでした。偽教師達は、そのままで良いですよと教えていたと思われます。 

★イエス様を信じる時は、どんな罪の生活をして来た者でも確かにそのままで信じれば良いのです。しかし信じたならば、そのままで良いはずがありません。「そのままで良いのだ」の言葉に騙されてはなりません。そのように話す牧師がいれば、その者は偽牧師です。聖書の「不品行」はギリシャ語の「ポルネイヤー」です。その言葉が「ポルノ」という英語になりました。クリスチャンは、聖い生活を目指し、キリストの教会に建て上げなければなりません。パウロは「全てはあなたがたを築きあげるためなのです」との私利私欲によらない真っ直ぐな心を記しています。私達はこれらの罪に気を付けて、素晴らしいキリストの教会を建て上げていきましょう。