Daily Archives: 2017年7月3日

7月2日礼拝メッセージ「パウロの第三の天体験」

第二コリントNO29「パウロの第三の天体験」12章1~6節

                         仁井田義政 牧師

 パウロの敵対者の偽教師達は、できるだけ自分の優れたことをひけらかして、人々の関心と信頼を得ようとしました。そのような偽教師達から信徒達を守るために、パウロは自分の優れた体験を記さなければなりませんでした。それが第三の天に引き上げられたという体験なのです。

★パウロの第三の天体験は「主の幻と啓示」でした。信仰の世界は皆そうです。私達が救われたのも、私達が素直だから救われたのではありません。神様が救いに導いて下さったのです。常に神様の恵みが先行してアクションを起こされるのです。ですからパウロは、私が第三の天に行って来たからと言って「誇るのは無益なことなのですが」と言っているのです。

★パウロは「14年前に…この人は…第三の天にまで引き上げられました」と記しました。なぜ「私は」と言わないで「この人は」言うのでしょうか。それは人々がパウロを過大評価するといけないからです。しかし、来週話します7節において、この体験者はパウロであることがはっきりと分かります。パウロは、自分が過大評価されたり、偶像化されたり、教祖化されることを積極的に避けたのです。コリントの人たちの異教的文化と気質が、人間を教祖化することに慣れていたからです。

★さてパウロが行った第三の天ですが、第一の天は地球を取り巻く大気圏内ということが出来るでしょう。第二は宇宙。第三は霊的世界でしょう。そして第三の天をパラダイスと言っています。それはイエス様が十字架上で言われたパラダイスのことです。創世記に出てくる「エデンの園=楽園」を七十人訳ギリシャ語聖書では「パラダイス」と訳しました。天国と考えてよいのです。パウロにとって第三の天体験は実体験でした。「しかし誇ることは控えましょう。人々が私を偉大な者と勘違いするといけないからです」と記しています。そして「自分の弱さを誇りたい」というのです。 

★私達も優れた能力を褒められたりすると、自分が何者かであるかのようにふるまったりすることがあります。それがクリスチャンや牧師の命とりとなるのです。それを体験させたり、見せたりして下さったのは神様なのです。 クリスチャンは、自分より見せて下さった神様を誇るべきなのです。