Daily Archives: 2017年6月11日

6月11日礼拝メッセージ「苦難によるパウロの証明」

第二コリントNO27「苦難によるパウロの証明」11章16~27節

                         仁井田義政 牧師

 コリント教会のある人達は、偽教師たちの自慢話に感動し彼らを信じました。パウロはその人々を救い出すために、あえて自慢話と誤解を受ける危険性のある話をしなければならなかったのです。そのパウロの苦労が、ここに記されています。

★パウロは自分を愚か者と思う者の為に、不本意ながら私は自分を誇って見せると記しました。あえて偽教師の立場に立って、自分を愚かにして、不本意ながら自慢話をするのです。それは「多くの人が肉によって誇っている」からです。その「肉によって」は、生まれながらの能力や家系図のことです。偽教師はそれを誇ったのでした。「私も愚かになって言います。私もヘブル人、イスラエル人、アブラハムの子孫です」とパウロは言いました。

★さらに、自分がキリストの僕である証拠は、キリストの為にどれだけ労苦したかであると言いました。キリストの僕であることは、「狂気したようになって言いますが」と記しています。これだけは絶対にゆずれないという強い意味です。その証拠は何か。キリストの救いを伝える為に、数々の苦難に遭いながら伝道して来た事実です。キリストの為に生きる使徒でなければ、このような苦難の連続に耐えることは出来ないとパウロは主張しました。

★その苦労は「同国民の難。異邦人の難。投獄の難。暴動の難。偽兄弟の難など数々の苦難に遭いながら伝道して来たのです。パウロは私達と同じ人間です。食べ物がなければ飢え、寒さにあえば凍えるし、心配があれば    不眠症になるのです。その弱さを持ちながら、イエス様の福音が各地に伝えられたことこそ、パウロがキリストの僕である事実の証明なのです。

★パウロは福音の為に例えどんな困難があっても、決して諦めないで伝道して来ました。自分の生活の安定や平安よりも、人々を救おうとするキリストの愛に生きて来たのです。パウロは当時の最高権力国ローマの市民権を持っており、ユダヤ人国家であっても手が出せない高い立場にあったのです。それらを教会の為にかなぐり捨てて、夜も眠れぬほどにキリストの教会の為に生きてきたのです。これ以上の使徒としての証明や証拠はありません。

私達もキリストにある者として、パウロのように少しでも苦難による証明を人生の中に持とうではありませんか。