Daily Archives: 2017年4月2日

第二コリントNO22「パウロの懇願」

第二コリントNO22「パウロの懇願」10章1~6節

                          仁井田義政 牧師

 第二コリントは10章に入りますと、その内容が一変します。中断していた異端問題とその信奉者の排除について記し始めるのです。その中で、パウロ自身が常に心掛けていた「キリストの寛容」について記しています。

★パウロは2回目のコリント教会訪問の時に、異端者とその従者に厳罰をもって対処すると思われていたようです。手紙に強い口調で異端者への処罰が記されていたからです。しかしそうはしませんでした。むしろパウロ自身がコリント教会を追われるように離れたのです。そのようなことから、「パウロは手紙では強いが、会うと気弱な人だ」という悪口が広がりました。

★しかし彼の心掛けていることは、「キリストの寛容」による指導でした。キリストは、罪を悔い改める罪人には、柔和と寛容の限りを尽くしてその罪を許されたのです。キリストは、罪を悔い改める者に十字架において自分の命まで捧げられたのです。パウロはその寛容を大切にしたのです。だからと言って、罪を悔い改めない者をそのままにしていたのではありません。

★パウロの懇願していることは、異端の教えを信じている者達がその罪を悔い改めることを「キリストの寛容」に沿って願ったのです。その姿勢が「会うと弱々しく、離れていると強気に見える」という、パウロの印象を与えることになったのです。パウロは「私が強気にふるまうことがないように」と、人々に悔い改めることを懇願しているのです。

★さらにパウロは「私は肉にあって歩んでいても、肉に従って戦ってはいない」と記しました。肉とは弱さを持った人間のことです。弱さを持った人間の知恵などによって戦っているのではないということです。人間の構築した難攻不落に見える「要塞をも破壊する力」を持った神の御言によると言っています。コリント教会の一部の者の神への不従順が完全になった時、その罪を罰する用意は出来ていると記しました。 

★パウロは「気弱」に見えるほど、キリストの寛容をもって指導しました。「強気にふるまうことがなくて済むように願っています」と記されています。私達もそのような時には、悔い改めの時間が与えられている内に、悔い改める信徒となりましょう。