NO26 「殉教者日本二十六聖人の中の二人」

NO26 「殉教者日本二十六聖人の中の二人」201335日 仁井田義政 牧師

      長崎には殉教したキリシタン時代の26聖人の像があります。この時代のクリスチャンに、この様な偉大な信仰者たちがいたことを、私は驚きと共に日本人クリスチャンとしての誇りさえ感じました。今日は長崎で殉教した26聖人についてお話致しましょう。

★1549年(天文18年)に、フランシスコ・ザビエルによってキリスト信仰が日本に伝えられました。それから48年後、この事件が起こりました。時は西暦1597年2月5日のことです。豊臣秀吉の命令によって、長崎で26人のクリスチャンが処刑されました。日本の最高権力者の命令によってキリシタンが処刑されたのは、初めてのことでした。豊臣秀吉は、宣教師はもちろん国内のすべてのキリシタンを処刑するように命じました。ところが、いざキリシタンの名簿を作り始めると、キリシタンのあまりの数の多さに驚きました。当時のキリシタン人口は30万人を超えていたのです。ちなみにその当時の日本の人口は2000万人くらいでしたから、その人口から見て30万のクリスチャン人口は相当な数だったのです。秀吉は方法を変えました。宣教師と日本人信者を何人か捕らえて処刑し、他の信徒達への見せしめにし、信仰を捨てさせようとしたのです。

★豊臣秀吉は、最初キリスト教の伝道を容認していました。しかし突然、禁教へと豹変しました。ついに1596年(慶長元年)12月8日「キリシタン逮捕令」を出しました。その逮捕令によって、京都で24名のキリシタンが逮捕されました。逮捕の目的である人々への見せしめのために、鼻と耳を削ぎ落とされ、京都の目抜き通りを牛車に乗せられ、引き回わされました。人々はその姿をこぞって見学しました。その後24人は京都から堺・大阪へ、そして長崎の処刑場まで歩かされ、沿道の人々の目にさらされました。人々に「キリスト教を信じたら、お前達も同じ目にあうぞ」という恐怖を植え付けようとしたのです。

★しかし殉教者は24人でなく26人でなかったでしょうか。京都で捕えられたのは確かに24人でした。あとの2人は逮捕された人ではなく、途中で自分から願い出て殉教者の隊列に加わった人なのです。ペトロ助四郎とフランシスコ吉の2人でした。フランシスコ吉は、7ヵ月前に洗礼を受けたばかりの大工でした。彼らは約一カ月以上素足で歩かされ、処刑場の長崎にたどり着きました。季節は12月~2月の真冬でした。そして2月5日に、長崎の西坂の丘で次々に処刑されたのです。その丘には十字架が26本一列に立てられたと言われています。その日は、キリシタンたちの処刑の様子を見ようと多くの人々が集まりました。その中には大の見せしめのために、鼻と耳を削ぎ落とされ、京都の目抜き通りを牛車に乗せられ、引き回わされました。人々はその姿をこぞって見学しました。その後24人は京都から堺・大阪へ、そして長崎の処刑場まで歩かされ、沿道の人々の目にさらされました。人々に「キリスト教を信じたら、お前達も同じ目にあうぞ」という恐怖を植え付けようとしたのです。その中には大勢のクリスチャンもいました。クリスチャン達は、ある者は賛美歌を歌い、ある者は聖書の言葉を語りながら殺戮されていったと言われています。その時の殉教者は、日本人20名、スペイン人5名、ポルトガル人1名の合計26名でした。

★その後も長崎の西坂の丘は、キリシタン処刑の地として続きました。そこで殺害されたクリスチャンは約600人と言われています。まさにキリストの十字架が立てられたゴルゴタの丘のようです。日本のゴルゴタの丘と言うことが出来るでしょう。今そこには(長崎県長崎市西坂町7)、26聖人の碑が立てられています。私はまだそこに行ったことはないのですが、そこと五島列島は是非行ってみたい所です。それにしてもこの事件で衝撃的なのは、26人が信仰のゆえに殺害されたことは勿論のこと、捕らえられていなかった二人が、自分から願い出て殺害される隊列に加わったということです。同じ神様を信じていながら、24人の人達は耳も鼻もそぎ落とされ見せしめの為に人々にさらされているのに、自分だけが難を逃れているのが許せなかったのでしょう。「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。」(1コリ12:26) と言う聖書の言葉が浮かんできます。それともう1ヶ所「あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。」(黙2:10)を今日の御言葉としてあげておきます。 私達は「あの人に躓いた」とか、「あの人と気が合わない」などと言って信仰に躓くことがあります。何と小さな信仰でしょう。私達の先輩である日本人クリスチャン達にも、信仰を捨てるよりも死を選んだ偉大な人達がいたのだと言うことを誇りに思いましょう。そして私達もその信仰に習って、強い信仰者になりましょう。

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