聖書に触れた人々NO29「慶長遣欧使節団」 

聖書に触れた人々NO29慶長遣欧使節団 2013年4月16日 

  今年と来年にかけて日本とスペインは、2010年9月の日本スペイン首脳会談における合意を踏まえ、「日本スペイン交流400周年事業」を行なうことになっています。それは今年が慶長遣欧使節団派遣からちょうど400周年に当たるからです。400年前の1613年は伊達政宗の時代です。その年の10月28日、仙台藩内で造った木帆船の「サン・フアン・バウティスタ号」(洗礼者聖ヨハネという意味)が、宮城県牡鹿郡月ノ浦を出帆しました。それは伊達政宗の命による慶長遣欧使節団でした。団長は支倉常長(はせくら つねなが)。案内役はフランシスコ会宣教師ルイス・ソテロでした。総勢180名の大人数でした。目指すは、スペイン領のメキシコを経由してスペインとローマです。

★伊達政宗が慶長遣欧使節団を遣わした目的は何だったのでしょうか。その目的は、スペイン国王に会い、当時スペイン領であったメキシコとの直接貿易の許可を得るためでした。またローマ法王に会い、仙台領内での布教のために宣教師の派遣をお願いするためでした。それは策略でもあったという説もあります。その策略とは、伊達政宗がスペインと手を組んで、徳川の支配から独立し欧州国を作ろうと考えていたという説です。当時徳川幕府も、メキシコとの貿易を望んでいました。ですから伊達政宗は、表向きは幕府公認の行動として使節団派遣を送ったのです。しかし事態は急変しました。彼らが3ヶ月後にメキシコに着いた頃には、日本で家康は切支丹禁教令を布いたのです。

★日本における切支丹弾圧が開始されたことに起因してか、多くの日本人はメキシコに留まりました。メキシコからスペインまで行った人は僅か30名程にすぎませんでした。メキシコを出てスペインに着いた使節団は、スペインの国を挙げての大歓迎を受けました。スペインにとっても、黄金の国とのうわさの日本と交易することは願ってもないことだったのです。1615年2月17日、団長の常長は、王立女子修道院付属教会において、スペイン国王やフランス王妃たちの列席のもと、洗礼を受けました。またローマ教皇パウロ五世にも会いました。その時の伊達政宗からの親書が、今バチカンにあります。そのローマ訪問の時に、8名の日本人にローマの市公民権が授与されました。

★しかし、日本の状況はキリスト教弾圧へと向かっていました。それがスペインにも伝わると、大歓迎だったスペインの熱が冷め始めました。また日本はどうも黄金の国ではないらしいと言う情報も伝わり、通商条約も成立しませんでした。スペインに行った日本人武士たちも、祖国でキリスト教弾圧が始まったことを知らされ、帰国を断念する者も起こりました。幕府の方針に押されて、伊達政宗の率いる仙台藩も、常長の帰国直前に領内にキリシタン禁令を出しました。仙台藩領内でも、1624年にはカルバリオ神父(ポルトガル人宣教師)と仙台のキリシタンが捕えられ処刑されました。広瀬川での水責めによる殉教でした。宣教師を呼ぶために使節団を派遣した政宗も、幕府には従わざるをえない状態となったのです。

★1620年9月 常長ら使節団は、同航してくれた宣教師ルイス ソテロをマニラに残し、船便で帰国しました。帰国したのち仙台藩においても冷たく扱われ、2年後には52歳で死去ました。その後、ルイス ソテロ宣教師はマニラから薩摩に密入国しましたが、見つかり逮捕されてしまいました。そして2年後の1624年火炙りの刑が宣告され殉教しました。使節団の中にいたクリスチャンの数名は、キリスト教迫害に舵を切った祖国を捨て、スペインに留まることを決意しました。おそらく6~8名だったと言われています。スペインには「私は慶長遣欧使節団の子孫」と名乗っている人々の住む村があります。その人達は名字を「ハポン=日本」と呼び、現在約830名がいます。その村では昔から日本式の稲作を行なっています。スペイン人は、出身地を苗字にすることがよくあります。たとえば画家のエル・グレコの名前は、ギリシャ人と言う意味です。そのような習慣で慶長遣欧使節団の子孫として「ハポン=日本」という名前の人がいてもおかしくはないのです。徳川家康も伊達政宗も、自分の領土と繁栄を守るために必死でした。そのためのスペインとの交易交渉でした。しかし両方とも今は過去の人となりました。今日は「世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行う者は、いつまでもながらえます。」(Ⅰヨハ 2章17節)という御言を心に留めましょう。徳川家康も伊達政宗も、巨大な力を背景にしてキリスト教徒を迫害しましたが、しかし徳川幕府は倒れ、伊達政宗の権力も現在は微塵も見当たりません。しかし日本においてキリストの教会は、今も生き続けています。最後にもう一つ御言を挙げておきましょう。それは「私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。」(Ⅱコリント4章8~9節)という御言です。私達一人ひとりは弱いように見えますが、神様を信じる者は実は強いのです。たとえ「倒されても滅びない」のです。

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