聖書に触れた人々NO23「日本人最初の聖書の翻訳者ヤジロウ」

聖書に触れた人々NO23「日本人最初の聖書の翻訳者ヤジロウ」2013年1月22日                                                                                                                          仁井田義政 牧師  

 今年も、婦人聖研では聖書に触れた人々をお話ししていきたいと思います。さて、キリスト教を日本に最初に伝えたのがフランシスコ・ザビエルであることは、学校の歴史教科書で誰もが習ったことです。しかし、そのザビエルから最初に洗礼を受けた日本人については、あまり知られていません。その人はヤジロウ(矢次郎)と言う人です。彼はインドのゴアで、ザビエルから洗礼を受けました。今日はこの人のことを取り上げてお話ししましょう。私達が持っている日本語訳の聖書にも、歴史があります。フランシスコ・ザビエルが持ってきたであろうヤジロウ訳の「マタイの福音書」こそ、日本語の最初の聖書でした。彼はインドのゴアで日本人のヤジロウという青年に出会い、日本伝道の決意をしました。そして1549年(天文18年)に、マタイの福音書をもって鹿児島に上陸したのです。

★ヤジロウは薩摩(鹿児島県)の出身です。その彼がなぜインドにいたのでしょうか。彼の日本での職業は商人でした。日本の士農工商という身分制度の中では、一番身分が低い立場でした。彼は、仕事上のトラブルから仲間と喧嘩となり、その人を殺してしまったのです。殺人という罪を犯してしまった者は、刑罰として死刑になる可能性がありました。そこで彼は、家族と家来を連れてインドへと逃亡したのです。

★ヤジロウとザビエルは、1547年の12月にマラッカで出会いました。翌年の1548年5月20日にヤジロウは、家族と家来全員でザビエルから洗礼を受けたのです。その日はペンテコステの日でした。ところはインドのゴア市の大聖堂でした。その後ヤジロウは、ゴアの聖パウロ学院でキリスト神学を学びました。ザビエルはヤジロウにキリスト教を伝え、ヤジロウからは日本の様子を聞きました。その事によって、ザビエルは日本伝道を決意したのです。ヤジロウはザビエルの要請によって和訳聖書の翻訳に協力しました。そうして翻訳されたのは「マタイの福音書」等の部分的なものでした。しかしそのマタイの福音書が、ザビエルの日本伝道に大きく貢献したことは間違いありません。ヤジロウもザビエルと共に帰国し、故郷の薩摩に上陸しました。逃亡から僅か三年後のことでした。ザビエルの日本滞在はわずか2年3カ月でした。しかしその伝道の発展は目覚ましく、山口ではわずか5ヶ月間で500人の信者を得るという驚異的な成果を見たのでした。この様な目覚ましい伝道に、ヤジロウ訳の聖書がどれほど力を発揮したかは計り知れないものだったでしょう。残念なことにヤジロウの訳したその日本語訳聖書は、現在は断片すらも残っておりません。どこかで発見されて欲しいものです。

★日本人最初のクリスチャンは、殺人犯のヤジロウという逃亡者であり、最初の日本語聖書「マタイの福音書」の翻訳者も、ヤジロウという人の訳であったことを知りました。その逃亡犯がキリストの福音によって救われ、帰国の危険を顧みず日本人の救いの為に、ザビエルと共に帰国する決意に至ったことを考えると、人間に及ぼすキリストの福音の力は驚くばかりです。ヤジロウは命を顧みず、ザビエルと共に日本伝道に燃えたのです。

ヤジロウの生涯を学び「あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです。」(ルカ 15:10)の御言が浮かんできました。ヤジロウはキリストの救いに触れた時に、命の為に逃げ回るという逃亡生活に終止符を打ち、命よりも大切なものに命をかけたのです。私達もクリスチャン・ヤジロウに学びましょう。

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