聖書に触れた人々NO17「福澤諭吉とその家族」

聖書に触れた人々NO17「福澤諭吉とその家族」2012年9月4日     

                                天年(1835年-1901年)明治34年 

 福沢諭吉と言えば慶応義塾大学の創立者として有名であり、現一万円札に肖像画としても有名です。また彼の言葉としては、彼の著書「学問のすすめ」の中に記されている「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」が有名でしょう。福沢諭吉はクリスチャンであった事実はなく、むしろキリスト教に対しての排撃者としての方が有名かもしれません。しかし私は数年に亘って慶応大学生達への聖書研究会に、毎週一度三田校舎に通ったことがありますが、中央口を登りきった左側の林の中に、教会と見間違う建造物があるのを奇異に感じていました。それは福沢諭吉が建てた演説会堂なのですが、明らかに教会の礼拝堂の影響を受けたであろうと思えるものでした。それからしばらくして、今度は慶応義塾日吉校には教会があるということを知りました。そのようなことから、福沢諭吉とキリスト教という関心が強まってきました。

★  福沢諭吉は、最初キリスト教を排撃する立場にあった。                彼は、天保5年(1835年1月10日)現・大阪府大阪市に生まれました。まだキリスト教禁教の時代です。彼は最初幕府の方針に沿った思想を持ち、キリスト教に対して反対の立場を取っていました。キリスト教伝道者の内村鑑三からは「宗教の大敵」と呼ばれた程でした。最初はそうであったのだと思われます。 

★  福沢諭吉と宣教師たちの交流                                                           しかしその福沢諭吉が39歳頃から晩年に至るまで、宣教師達との強い交流があったことも明らかになっています。特に英国国教会宣教師のアレクサンダー・クロフト・ショーとの交流は、深く強いものがありました。彼は、構内にあった福沢家の隣に西洋風の牧師館を建ててあげ、彼を住まわせました。そして自分の子供達の家庭教師となって頂いたのです。その交流は強く、お互いにいつでも行き来できるようにと、両家の間には「友の橋」という名の橋が架けられた程なのです。福沢諭吉と宣教師との交流は、ショー宣教師だけにとどまらず、彼の生涯で交流のあった宣教師は19名にも及ぶことが分かっています。

★  福沢諭吉の周りのキリスト教                                                             そのような福沢諭吉と宣教師達の交流の中で、彼の家族達はキリスト教に触れていきました。姉の中上川婉(えん)も、クリスチャンになりました。末姉の服部鐘も、熱心なクリスチャンになりました。さらに福沢諭吉の長男の太一郎も、クリスチャンとなりました。三女清岡俊(とし)も、クリスチャンになりました。四女の志立滝も、クリスチャンになったのです。特に志立滝は、東京YWCAの会長を20年間も務める熱心なクリスチャンでした。その関係か日吉キャンパス関係には、YMCAの教会があるのです。福沢諭吉は、最初キリスト教排撃論者と言われていましたが、姉達も子ども達もクリスチャンになったのです。さらには慶応義塾の敷地内のショー宣教師館では、明治8年に8人の青年が洗礼を受けました。宣教師ショーといえば、あの長野県軽井沢の名を世界中に有名にした宣教師でもあります。

★  福沢諭吉の3回にわたる海外視察                                   第一回目は、25歳の安政6年(1859年)咸臨丸でアメリカに行きました。この咸臨丸には勝海舟も乗っていました。第二回目は、27歳の文久2年(1862年)に英艦・オーディン号で欧州各国へ視察に行きました。福澤も通訳者としてこれに同行したのです。第三回目は、32歳の慶応3年(1867年)に再度アメリカへ行きました。ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンD.C.を訪問しました。その船には熱心なクリスチャン津田仙も同乗していました。これらのことから、福沢諭吉はキリスト教に否応なく触れていったに違いありません。欧州視察の途中にでは、イギリス聖書協会出版の聖書を一冊ずつプレゼントされたといいます。しかし当時の幕府はキリスト教をまだ禁教としていたため、一行は驚きあわてて、イギリス聖書協会に聖書を返却したといわれています。やがてキリスト教の禁教令が解かれ、福沢諭吉もキリスト教に対して柔軟な姿勢を持つようになったというのが事実のようです。その柔らかくなった福沢諭吉が宣教師達と交流を持つようになり、その寛容の上に、彼の家族達がクリスチャンになっていったのです。

今日の御言葉は「わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら、まことに、あなたがたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありません。」マタ 10:42 をあげておきしょう。

 

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