聖書に触れた人々NO2「(株)ライオンの創立者 小林富次郎」

婦人聖研 聖書に触れた人々NO2「(株)ライオンの創立者 小林富次郎」

                          ヘブル人への手紙12章11節 2011年11月29日

                          仁井田義政 牧師

  今年の3月18日、日本最古の映像フィルムが国の重要文化財に指定されました。それは「ライオン」の創立者、小林富次郎(西暦1852-1910・ 嘉永5年~明治43年)の葬儀のフィルムです。神田柳原にあったライオンの前しん「小林富次郎商店」から、告別式の会場になった東京基督教青年会館(YMCA)まで、二頭立ての馬車を中心に歩いていく葬列の様子が約7分間映っています。歯磨や石鹸の製造販売で名の知れた株式会社ライオンの創始者小林富次郎は、とても熱心なクリスチャンでした。「法衣を着た実業家」とか「そろばんを抱いた宗教家」とも言われていた程です。彼は現在の埼玉県さいたま市中央区の出身です。

 ★小林富次郎がキリスト教に出会ったのは36歳の時でした。彼が神戸に住んでいた時のことです。ある劇場でキリスト教の演説会があり、彼は友人を誘って出席しました。すると この演説会を妨害しようとする若者たちが騒ぎ出し、場内は一時騒然となったのです。そこに柔道の教師をしているクリスチャンの大男が控え室から出てきました。きっと腕ずくで暴徒をつまみ出すのではと思って見ていました。ところが、その大男がひたすら頭を下げて「お願いです。静かにして下さい」と懇願し出したのです。これを見て富次郎は深く感動し、熱心に教会に通うようになりました。そしてついに洗礼を受けることになったのです。

★その後、富次郎は実業家の道を歩き出しました。全財産をはたいてフランス製の機械を導入し、宮城県石巻に大規模なマッチ製造工場の事業をするために準備を始めました。ところが洪水が起こって、準備した全ての原料と工場の機械を失ってしまいました。彼が途方に暮れ、絶望して北上川に身を投げようとした時、稲妻のように彼の中に御言葉が光ったと言うのです。それは神戸の長田牧師が葉書で彼に贈ってくれた聖書の言葉でした。そこには「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。」(ヘブル12:11) と記されていました。その御言葉によって富次郎は自殺を思い止まり、勇気を奮い起こし、東京の神田に石鹸やマッチの原料の取次店を作ったのです。そして牧師から聞いた歯磨き粉の製造方法をヒントに、これを研究して1893年3月に発売しました。彼は慈善活動にも力を入れ「慈善券付き歯磨」を販売し、岡山孤児院(石井十次)などの施設開設に資金的援助をし続けました。

★御言葉は、それを信じる人がどんな窮地にあっても希望と勇気を与える力があります。もし小林富次郎があの北上川に身投げしようとした時、この御言葉がひらめかなかったら、小林富次郎もなかったし、現在のライオングループもなかったことになるのです。彼は59歳でこの世を去りました。

私達もつらい時や苦しい時には、この御言葉を読んで神様からの励ましを頂きましょう。

余談ですが、ライオンと言う社名は、当時洗剤関係にキリンとか象とかという動物の名前が使われていたので、動物の中の王様と言ったらやはりライオンだろうということで、百獣の王ライオンをマークにしたということです。

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