聖書に触れた人々NO11「新宿中村屋の創業者 相馬愛蔵」

人物による婦人聖研

聖書に触れた人々NO11「新宿中村屋の創業者 相馬愛蔵」

2012年5月29日                  ルカ6章38節      仁井田義政 牧師

  相馬愛蔵と言えば、この間お話ししました山崎製パンの創業者 飯島藤十郎氏が大きな影響を受けた方です。相馬愛蔵の生涯は、1870年(明治3年)10月25日に信濃国安曇郡白金村(現安曇野市穂高)の農家の三男として始まりました。しかし父は愛蔵が生れた翌年に他界し、母親も愛蔵が6歳の時に亡くなるという不幸にあっています。そういう意味では、親の愛情の必要な時に親がいないという寂しい幼少期を過ごしたと思われます。その相馬愛蔵が新宿中村屋の創業者となるのです。しかし彼は中村屋の創業者と言うだけで偉大なのではありません。創業者であると同時にクリスチャンとして、日本の文化にも多大な影響を与えた人物として偉大なのです。

★彼は学業においては数学が得意であったそうです。しかし英語が苦手で、地元の学校を3年で中退してしまいました。その後上京して、20年9月に東京専門学校(現早稲田大学)に入学しました。その17歳の頃、愛蔵は友人に誘われて、牛込市ケ谷の牛込教会へ行くようになりました。そして洗礼を受けクリスチャンとなりました。東京専門学校の卒業後は、人に雇われることを嫌って北海道の札幌農学校へと進み、養蚕学を学びました。

★札幌農学校で養蚕を学を学び、一時は北海道で養蚕(ようさん)を夢見るも断念し帰郷しました。故郷で明治24年(1891年)に、蚕種製造を始め、『蚕種製造論』を著しました。22歳の愛蔵は、明治24年12月20日に東穂高禁酒会を創立。最初は11人の出発でしたが、みるみるメンバーが増えていったといいます。また明治27年(1894年)、村に芸妓を置く計画に反対し、廃娼運動も行ないました。さらにはこの時代に、孤児院基金募集のため仙台へ出掛け、仙台藩士の娘でありクリスチャンの星良と知り合い1898年に結婚しました。その式場は牛込市ケ谷の牛込教会でした。その後、故郷において奥様の健康が損なわれ、療養のため上京することになったのです。後に奥様は恩師から付けて頂いた黒光(こっこう)とのペンネームで名のるようになりました。

★東京に出て来た愛蔵一家は、明治34年(1901年)東大赤門前のパン屋、本郷中村屋を買い取り、パンの製造を始めました。明治37年(1904年)には、日本で初めてクリームパンを発売しました。さらに明治40年(1907年)に新宿に移転した後、商売は大繁盛するにいたりました。さらに中村屋は日本で初めてインド式カレーライスを販売し、大人気となって行きました。

★クリスチャンとしての相馬愛蔵はパン屋としてさることながら、日本文化への大きな寄与もあります。愛蔵は店の裏にアトリエをつくり、多くの芸術家に使わせていました。彫刻家の荻原碌(ろくざん)、画家の中村彝(つね)、彫刻家の中原悌二郎、彫刻家の戸張狐雁など多くの芸術家達です。1915年にインドの独立運動家ラス・ビハリ・ボースがイギリス官憲に追われ日本に亡命して来ましたが、一時日本政府にも追われていた彼をかくまったのが愛蔵一家でした。そのほかにもロシアの無政府主義の盲人詩人のエロシェンコをかくまうなど、自分の身の安全を顧みずに人道的な立場に立って行動したのです。後にボースは相馬夫妻の長女と結婚。大正12年、日本国籍を取得しました。ボースの指導によって中村屋のインドカレーが誕生したのです。

★愛蔵の人間愛はさらに続きます。1923年(大正12年)9月1日関東大震災が襲った時でした。中村屋は幸運にも被災は免れました。震災に乗じて全ての食料が軒並み値上がりしました。そうすると愛蔵は、パンや菓子を普段よりも1割ほど安くして販売しました。彼は商人の義務として、中村屋の社員一同毎晩徹夜でパンなどの製造を続けたといいます。平素のお客様本位の考えが、彼を自然とそうさせたのです。その時は『奉仕パン』『地震饅頭』などと名前を付け販売していたそうです。そのような姿勢にお客さんたちが感動し、震災後は大きく売り上げが伸びたといいます。

★このようなエピソードもあります。1927年3月に昭和金融恐慌が起こり、銀行に取り付け騒ぎが発生しました。その時、取引先の安田銀行に預金を確保しようとする人の列が出来たそうです。すると愛蔵は部下に金庫の有り金を全て持たせてかけつけさせ、「中村屋ですがお預け!」と大声を出させることによって、群衆のパニックを収めたといいます。相馬愛蔵の愛した聖書の言葉も今では知ることが出来ません。しかしその生涯からは次の御言葉が聞こえてくるようです。

「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」ルカ6:38

 相馬愛蔵は、多くを得て多くを与えた人であると思います。私達の人生もこの人のようでありたいですね。

 

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