聖書に触れた人々NO10「山崎製パンの創業者 飯島藤十郎」

人物による婦人聖研 

聖書に触れた人々NO10 「山崎製パンの創業者 飯島藤十郎」 2012年5月15日 

                              仁井田義政 牧師

 飯島藤十郎 (1910年11月7日~1989年12月4日) は山崎製パン創業者です。なぜ飯島製パンではなく山崎製パンなのでしょうか。それは彼がパンの会社を設立しようとした時、他にもパンに関わる仕事をしていたために飯島名義では許可がもらえず、妹の嫁ぎ先が山崎だったので義弟の姓・山崎で許可を取ったという経緯があったようです。こうしてパン作りが始まりましたが、彼はまだその時クリスチャンではありませんでした。その彼がどのようにしてクリスチャンとなり、どのように生きたかをお話しいたします。

彼はパンの会社を興す前の一時期、新宿中村屋で奉公人として働いていました。そこの社長がクリスチャン事業家の相馬愛蔵でした。相馬愛蔵は、内村鑑三と交流があったクリスチャンでした。飯島藤十郎は洗礼こそ受けていませんでしたが、その相馬愛蔵の影響を強く受けていました。山崎製パンの創業時代は、リヤカーにパンを積んで町を歩きながら売っていたそうです。そのリヤカーの荷台には、パンと一緒に「神は愛なり~ヨハネの福音書」という看板が掲げられていました。

最初順調だった経営がしばらくして問題が起こりました。籐十郎と弟の一郎の間に、経営方針を巡って激しい対立が起こったといいます。藤十郎の長男が間に入って、なんとか調整しようとしましたがうまくいかず、息子(現社長)までが父と意見の相違で対立してしまう事態になってしまいました。収拾がつかなくなって、それを何とかしようと決心して、その方法として三人で話し合い、三人揃って洗礼を受けたのが飯島藤十郎の洗礼を受けたきっかけでした。その一件落着となった洗礼後の11日目のことでした。主力工場の武蔵野工場が全焼するという大事件が起こってしまったのです。しかしクリスチャンとなっていた彼らは「この時、私たちは『火災は、あまりにも事業本位で仕事を進めてきたことに対する神の戒めだ、これからは神の御心にかなう会社に生まれ変わります』と祈りを捧げました」と現社長の飯島延浩氏が言っています。

父籐十郎の後を継いで社長となった長男の飯島延浩氏も、熱心なクリスチャンです。父と家族が一緒に暮らしていた社長生家の三鷹の土地300坪を教会に寄付しました。その土地には現在教会が建っています。その教会に、毎週現社長の飯島延浩氏が、自宅のある千葉県市川市から三鷹市の教会まで毎週通っています。そればかりでなく、自ら聖書の勉強会を開いて人々を教えています。現在、山崎製パンは日本の輸入小麦の10%を使うと言われ、年商9000億円以上の製パン業会社と言われています。

洗礼を受けたばかりの飯島藤十郎一族に武蔵野工場全焼の火事が起こったように、クリスチャンだからと言って困難に遭わないとは限りません。そのような時にクリスチャンであることの素晴らしいことは、人のせいにしないで神様の前に祈りの時を持てることです。そして新しい心で再出発できること、これは本当のクリスチャンにしか出来ないことです。

どのような時にも、神様の愛がその事をなさったのだと信じることが出来る人は何と幸いでしょう。

今日の御言葉は、飯島藤十郎が掲げていた御言葉ヨハネ3章16節の「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」を掲げさせて頂きます。

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