聖書に触れた人々NO9「エリザベス・サンダーズ・ホームの母 澤田美喜」

人物による婦人聖研 聖書に触れた人々NO9

エリザベス・サンダーズ・ホームの母 澤田美喜   2012年4月3日

               ヤコブ1章27節    仁井田義政牧師

今日は終戦後の日本において、2000人以上の混血孤児の母となった澤田美喜さんを紹介したいと思います。その生涯はまさに孤児達を救う為に、神様に鷲づかみにされたような生涯でした。

★澤田美喜は1901年9月19日、三菱財閥の三代目当主・岩崎久弥の長女として生まれました。三菱財閥の創立者・岩崎弥太郎の孫です。彼女の生まれた家は、東京の本郷にありました。当時岩崎家は、全国に多くの所有地を持っていました。かつては駒込の六義園も岩崎家の所有でした。美喜は、御殿のような本郷の家で何不自由のない生活をして育ちました。その家は現在「旧岩崎邸園」となっています。美喜がキリスト教に最初に触れたのは、病気療養のために大磯の別荘にいた時でした。ある夜、お付きの看護師の聖書を読む声が聞こえたのです。その聖書の言葉は「汝の敵を愛せよ」と言う箇所でした。その聖書の言葉が美喜の心を捕え、キリストへと導いたのです。

★しかし岩崎家の祖母は、美喜がキリスト教への関心を強く持ったのを警戒して、通っていた学校も友人から聖書をもらったことから、退学させてしまうほどだったのです。(現在の御茶ノ水女子大学の付属高校でした。)美喜が21歳になった時、外交官であった澤田廉三との縁談が起こりました。美喜は、彼の家族がクリスチャンということで結婚を決意しました。それからは大手を振って教会に通うようになりました。美喜は4人の子にも恵まれ、外交官の妻として各国を夫と一緒に渡り歩きました。1931年から2年間ほどイギリスにいた時のことでした。ある老人から勧められて「ドクター・バーナードス・ホーム」という孤児院を訪問しました。その時、彼女は強い衝撃を受けました。そこには孤児と言う暗さがみじんもなく、教会も学校もあり、子供達が明るく生活しているのを見たからです。美喜は、しばらくそのホームでボランティアをさせてもらいました

★イギリスの衝撃から約14年後のことでした。日本は戦争に敗れ、進駐してきた米軍が多くいました。米軍が進駐してその10ヵ月後、混血孤児が捨てられる事件が多発するようになりました。米兵と日本人女性の間に生まれた混血児たちでした。ある時のこと、澤田美喜が汽車で旅行していました。汽車の網棚は、闇などの物資でいっぱいでした。その中のひとつ風呂敷包みが、彼女の膝に落ちてきたのです。それが警察に見つかり、闇物資の疑いをかけられ、開けるよう命じられました。仕方なくしぶしぶ開けると、黒い肌の赤ちゃんの死体がその中から出て来たのです。それを見て警察も周りの乗客も、この子は美喜本人の子ではないかと疑ってかかりました。ようやく自分の子ではないことを知ってもらいましたが、その時美喜は「お前が一時であってもこの子の母親とされたなら、どうして日本国中のこうした子供達の母親となってやれないのか・・・」と神様の声を聞いたと言うのです。美喜は、私はこのような孤児たちを助けなければならないと使命を感じました。夫もそのことを理解してくれたといいます。

★美喜の心に、あの大磯の地をその子たちのための土地にしたいという思いが湧き上がりました。しかしその土地は、戦後の財閥解体令よって没収され、進駐軍の物になっていました。米軍に日参して頼み込むと、それなら返しても良いが条件がある!400万で買い取ること。そして、買い取った土地はその後三代にわたって三菱の名義にしてはならないと言うものでした。美喜は自分の家の全てを売り、どうにか買い戻すことが出来ました。しかし建物のお金はありませんでした。その時イギリス人女性のエリザベス・サンダースさんが召され、その遺産をホームに捧げるようにしてあったのです。思わぬ捧げ物がホームの最初の献金となりました。その事を感謝して、ホームの名前も彼女の名前エリザベス・サンダース・ホームにしたのです。その他にも友人達の献金で、孤児院を開始することが出来ました。その時、彼女は46歳でした。

★その後も、ホームがスムーズに運営されたわけではありません。日本人からは敵の血を引く子をなぜ育てるのかと言われ、アメリカ側からは「混血孤児達の救済は反米運動につながる」と圧力がかかりました。ある時は、ホームの解散をGHQの将校たちが強く迫ってきました。その時美喜は「一度捨てられた子供を、もう一度捨てろというのか!」と抗議したと言います。そのような苦労の中で貫かれた混血孤児を助ける働きは、ついには2000人以上の子供達を育て上げたのです。まさに信仰の力です。澤田美喜は1980年5月12日、スペインの旅行中に78歳の齢をもって召されて、その生涯を閉じ主のもとへと引き上げられて逝きました。

私達は澤田美喜の大きな働きを知ると同時に、差別と言う人間として最も恥ずべきことを身の回りから無くして行くことに心がけましょう。

今日は澤田美喜の生涯を調べていて私の心に浮かんだ聖書の御言葉を挙げておきます。

「父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。」   ヤコブ 1:27

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